第31話 お隣さんの初登校(当日①)
一月五日水曜日。
冬期休暇が終焉を迎え、学生が皆学校に馳せ参じて勉学に勤しまなければならないとき――まぁ、つまりは冬休みが終わったので三学期が始まるよという日がやって来たわけだ。
普段の俺なら、憂鬱な気分が俺の身体を布団から離そうとしないのだが、恐らくこれからはそうもならなくなる。
スマホのやかましいアラームで目を覚まし、時間を確認すると午前六時半。
凛清高校の始業時間は八時半なので、七時半くらいに起きてゆっくり準備してゆっくり登校、そして授業開始ギリギリに到着――というのが今までの俺のスタイルだ。
さて、そんな俺がなぜこんな時間に起きているかというと、昨晩の紗夜とのメッセージのやり取りを見れば一目瞭然――――
『颯太君。私達が一緒にいるところを見られなければいいんですよね?』
『ああ』
『良いことを思い付きました』
『ほう?』
『人気の少ない早い時間帯に登校するのはどうでしょうか』
『なるほど。でも、凛清の生徒勤勉な奴ら多いから、アイツらより早く登校するとなると、八時までには着いておかないといけないぞ?』
『私は問題ないですよ。颯太君が起きられるならやっぱり一緒に行きたいんですが……』
『まぁ、そういうことなら別に構わないぞ。俺も内心、紗夜を一人で登校させるのは気掛かりだったし』
『その過保護な理由はともかく、これで一緒に登校できますね。楽しみにしておきます』
『うい』
――――というワケだ。
まぁ、早起きは三文の徳と言うし別に不満はない。
俺は何度もあくびを繰り返しながら、顔を洗って制服に着替え、朝食のトーストを焼いて食べる。
ちなみにはちみつを付けるのが好みだ。
朝の支度を整えると、時刻は七時過ぎ。
流石に今から登校というのは早すぎる気がするので、ラノベを読んで時間を潰すこと約三十分。
俺は首元に水色のマフラーを巻き、学校指定のカバンを肩に掛けて戸締りをする。
そして、玄関を出ようとしたその瞬間――――
ピーンポーン。
何となくインターホンを鳴らした人物に心当たりを覚えながら扉を開けると、そこにはやっぱりお隣さんが制服の上からコートを着込んだ姿で立っていた。
「あ、颯太君。おはようございます」
「おはよう」
別に俺が呼びに行ったのに、と言うと、美澄は若干照れたように笑い頬を掻き、「まぁ、誘ったのは私ですから」と答える。
もしかすると、俺を無理矢理一緒に登校させたかもと気を遣ってくれているのかもしれない。
まったくそんなことを思う必要はないのだが、紗夜の性格上あり得る話だ。
「あー、何というか……早起きって良いな。得した気分になれるというか」
後ろ頭を撫でながらそう言ってみると、紗夜は不思議そうに瞬きを何回か繰り返したあと、「ふふっ」と小さく笑いを溢した。
「な、何だよ」
「気を遣ってくれてありがとうございます」
「あはは……やっぱ、お前には見抜かれるよな」
当然です、と紗夜は得意げな顔を浮かべて腰に手を当てるが、その姿が妙に可愛らしく思える。
「では、颯太君行きましょう?」
「了解」
紗夜が左手を伸ばしてきたので、俺はそこに自分の右腕を持っていき、紗夜に掴ませる。
出会ったばかりの頃は、こうして腕を組むだけでもドキドキしていたが、今ではもうすっかり慣れた。
だが、紗夜の目が見えないことを知らない人達から見れば、こうして歩いているとどうしても恋仲に見えてしまうだろう。
でも、もしも学校で紗夜が色んな人の手を借りて行動している姿が見られるようになれば、俺がこうやっていても不自然には見られなくなるのではないだろうか。
それは好都合だ……と思う反面、なぜか胸の内にモヤッとした気持ちが生まれた。
俺以外の人が紗夜の隣に立っている姿を想像すると、嫌だと思ってしまった。
そして、そんな独占的な考えをしてしまっている自分にも少し腹が立つ。
別に紗夜は誰のものでもないのに。
俺は邪念を払うように頭を横にブンブンと振る。
隣で紗夜が「どうしたんですか?」と尋ねてくるが、答えられるはずもなく、「何でもない」とはぐらかしておいた。
◇◇◇
何人か凛清の生徒とすれ違いはしたものの、関わりのなさそうな人だったし、少なくともクラスメイトというわけではなかったので、俺と紗夜が並んで――おまけに腕も組んで――歩いていても、平然を装っておけば特に視線を向けられることはなかった。
まあ、もし紗夜の整った顔に気が付けば、思わず振り向いてでも見てしまう人は多いかもしれないが、幸いにもそういうこともなく学校に辿り着いた。
「颯太君、職員室まで送ってくれてありがとうございました」
「おう。あと、学校で下の名前で呼び合うのは……」
「えぇ、これもダメなんですか?」
「まぁ、学校では他人を装ってた方が良い。少なくとも、紗夜が学校に慣れるまではな」
そう言うと、紗夜は少し不満げに頬を膨らませたが、「仕方ありませんね」とため息混じりに呟く。
「では、津城君。またあとで」
「ああ。何かあったら連絡してこいよ、美澄」
少し前まではこうやって名字で呼び合うのが普通だったのにも拘らず、今こうして改めて呼び合うと、心理的な距離感が開いたような気がして、少しだけ寂しくなった。
紗夜はどう思ってるのだろうか。
そんな考えても仕方のないことを思いながら、俺はまだほとんど生徒のいない深閑とした廊下を、一人歩いて行った――――
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