第28話 お隣さんと初詣②

 今日は一月一日。

 紗夜と初詣に行く約束をした日である――――


 九時頃に行こうかという話をしていたので、俺はその一時間半ほど前にスマホのアラームで目を覚まし、顔を洗ったり着替えたり朝食を取ったりと支度を整える。


 ふと、奏も今日あたりまで泊っていって一緒に初詣行けばよかったなと考えるが、まぁアイツは俺なんかと行くより両親と地元の神社に参拝しに行く方が良いのだろう。


 兄としては少しだけ寂しい気持ちになる。


 ただ、紗夜のお陰でボッチもうでしなくて済んだのでそこは感謝すべきなのかもしれない。


 まぁ、実際のところ一緒に参拝しに行くのは結果として出会って、俺は紗夜の道案内なのだが。


「さて、そろそろだな」


 俺は必要最低限の荷物をカバンに入れ、戸締りをする。

 そして、紗夜の家のインターホンを鳴らす。


 すると、俺が要件を言うより先にインターホンから『今行きますね』と紗夜の声が飛んできた。


 数秒後、ガチャリという解錠音と共に開かれた玄関扉。


 そして、俺はそこから姿を現した紗夜の姿に思わず見惚れてしまった。


 淡い桜色を基調とした振袖で、散らされた青紫の桜の花弁の柄がアクセントカラーになっており視線を引き付けられる。

 そして、いつもは長く下ろされた黒髪も可愛らしく結われており、精緻で細やかな装飾が美しいかんざしが刺さっている。


 髪が持ち上げられたことによって晒されたうなじや、あくまで自然な印象を与える範囲でさされた紅が、否応なしに俺の鼓動を加速させてくる。


「おはようございます、颯太君」


「お、おはよう……」


「えぇっと、折角の初詣ということで着てみたんですけど……変じゃないですか……?」


 指でスッと襟を撫でながら、不安げな上目を向けてくる。


 なんだか紗夜の何てことのない仕草一つ取っても息を吞んでしまうので答えられずにいると、紗夜が「だ、黙られるのが一番怖いですっ」と服を引っ張ってくる。


「あ、悪い。何というか、似合いすぎてて見入ってたわ……」


「へへっ、本当ですか?」


 それは良かったです、と嬉しそうにはにかむ紗夜。


 これだけ顔に熱を難じてるんだ。

 恐らく今の俺の顔は結構赤くなっているのではなかろうか。


 もし紗夜が普通にものを視認出来る瞳を持っていたなら、俺は自分が赤面することをわかっていて素直に褒められなかったかもしれない。


「それでは颯太君、道案内よろしくお願いしますね」


「りょーかい。それにしても、隣に立つ俺の場違い感凄まじいな」


 肘を横に張った俺の右腕に、紗夜が自然な感じで手を掛けてくる。


「そんなことありませんよ。颯太君は、そのままで充分かっこいいですから……」


「そ、そりゃどうも……」


 一体どんな顔でそんな言葉を口にしたのか非常に気になるが、俺は今紗夜の表情を見たら、もしかするとこの“隣人”という関係が崩れてしまうのではないかと思って見ないようにした。


 そして、冬だというのにやけに暖かな空気を感じながら歩き始める。


 紗夜のカランコロンという足音に歩幅を合わせながら――――



◇◇◇



「スゲー人」


「どこかに著名な方が?」


「前にもこのやり取りしたよな」


 隙あらばボケを組み込んで来ようとする紗夜とバスに乗って少し移動してから、降りて歩くこと十分。


 紗夜が転んでしまわないように配慮しつつ石段を登り終えると、そこにはごった返す人達で出来た海が広がっていた。


「ってか、知り合いいてもおかしくないよな……」


「知人がいると何か不都合が?」


「不都合っていうか……俺がお前と一緒にいるところを見られでもしたら、いらん誤解を招きかねん」


「そういうものですか」


「残念ながら思春期真っ盛りの色恋に飢えてる奴らはそういうもんなんだよ」


「By思春期真っ盛りの颯太君」


「あの、達観してるつもりだった俺にマジレスするの止めてもらって良いですかね」


「ふふっ、ごめんなさい」


 まったく申し訳なく思ってなさそうな謝罪を受け入れた俺は、参拝するにはこの人込みを縫って進まないとどうしようもないなと腹を括る。


「紗夜、絶対手離すなよ」


「えっ?」


 俺は自分の腕にそっと掛けられていた紗夜の手をしっかりと握り、自分が盾になるように一歩前に出て歩き出す。


 この際、人生で初めて家族以外の女性と手を握ったことや、紗夜の細く柔らかくて力を籠めれば折れてしまいそうな手の感触は意識の外に追い出しておく。


 途中で紗夜がしっかり握り返してきたことも、気にしないでおく。


 そして、取り敢えず手水舎ちょうずやにやって来た。


 ここを無視して参拝しに行く人もいるが、俺はあるものは活用したくなる性分なので、作法とかよくわからないが毎年何となく手を清めている。


「手水舎ですね」


「折角だから紗夜に作法というものを教えてもらおうかと」


「なるほど。自分で言うのも何ですが、私ほど適任な人はいませんね」


「お、頼りになるな」


 そんなことを話しているうちに順番が回ってくるので、紗夜と並んで立つ。


「まぁ、私の真似をしてください」


「が、頑張る」


 そんな難しくないですよ、とクスッと笑みを溢した紗夜は、手に持っていた巾着からハンカチを取り出すと着物の襟に挟み込む。


 そして、右手で柄杓ひしゃくを取る。


 一瞬柄杓がどこに置いてあるか見えないのではないかとも思ったが、どうやらその心配はなかったらしい。


 俺も同じように右手で柄杓を取り、紗夜が水盤から水をすくったので同じようにする。


「一回で三分の一くらいの水を消費すると思ってください」


「おっけー」


 紗夜はそう言って、右手に持った柄杓を傾け、左手を濡らす。

 そして、持ち替えると今度は右手を洗った。


 俺も横目でそれを確認しながら真似る。


「では、左手に少し水を受けて口を清めてください」


「なるほど……」


「そして、恥ずかしいのでこれはあまり見ないでください」


「お、おう」


 俺は言われた通りもう一回右手に柄杓を持ち替えて左手に水を溜め、口をすすぐ。

 そして、静かに吐き出す。


「で、最後はこうして残った水を柄杓の柄に流れるようにしてください」


「こうかな」


 美澄が右手に持った柄杓を垂直に立てる。

 すると、残りの水が音なく柄を伝って流れ落ちた。


 そこまで上手くは出来なかったが、俺も同じことをしてから柄杓を元の位置に戻す。


 紗夜が襟に挟んでいたハンカチで手を拭くので、俺もカバンからハンカチを取り出し、手を拭く。


 そして、二人で手水舎を後にする。


 冬の空気で冷やされた水を掛けたため、掴んだ紗夜の手がひんやりとしていた。


 人込みの中でも層の薄そうな場所を見極め、なるべく紗夜に負担が掛からないように進んでいく。


 そして、ようやっと大きな賽銭箱の前までやってくる。


「さあ、師匠の出番ですよ」


「貴方も一緒にするんですよ。弟子君」


 ここにひと時の師弟関係を構築しながら、俺と紗夜は横に並んで立つ。


「神社によって参拝方法が異なることがありますが……何か書いてたりしませんか?」


「いや、特には」


「でしたら、基本は賽銭を投げ入れて姿勢を正し、二礼二拍手一礼です」


「師匠、賽銭は五円玉の方がご縁がありますかね?」


「いえ、五十円の方が縁が強く結ばれますよ」


「な、なんとっ……それでは五百円――いや、五千円や五万円を出せば……ッ!?」


「それはもう神社としては大喜びですね。修繕費、その他諸々に回せますから」


「……リアルな事情を知ってしまった」


「あ、ちなみに冗談を真に受けないでくださいね? 金額はただの語呂合わせで何の意味もありませんから」


「紗夜が言うと説得力が違うな」


「ただ、語呂で言うと五百円以上出すのは止めておいた方が良いかもしれませんね」


「え、何で?」


「それ以上の硬貨(効果)はありませんから」


「座布団一枚持ってきてッ!」


 二人でクスクスと笑うが、これ以上神の御前で雑談するのもどうかと思うし、混んでいるのでさっさとここを離れよう。


 紗夜の思わず見惚れてしまう美しい二礼二拍手一礼を横目に、俺も同じようにして、毎年願っている無難な無病息災と共に、もう一つ神様にお願いしておいた。


 紗夜の目が見えるようになりますように――――

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