第25話 お隣さんと新年を②
現在美澄の家にお邪魔している俺は、ふと思っていた――――
最近、人に夕食ご馳走してもらってばっかりじゃね? と。
昨晩は美澄と奏が一緒に作ったし、一昨晩は奏が、その前は美澄……という風に、美澄と出会ってからほとんど美澄に作ってもらってしまっている。
まぁ、気持ち最近体調が良いように感じるのは、そのお陰で食生活が改善されたからなんだろうが。
「自分でも作れるようにならないとな……」
「ん、何か言いましたか?」
キッチンに立って、何かを油で揚げる音を奏でる美澄が、料理する手を止めることなく聞いてくる。
「いや、最近美澄にご馳走になってばっかりで感謝しかないなと思ってな」
「良いんですよ。私が作ったものを津城君が美味しそうに食べる姿を見るの、嬉しいですから」
ま、実際のところほとんど見えてませんけどね、と例に倣って一言付け足して自分で可笑しそうに笑う美澄。
すると、美澄は何かに気が付いたように一言「あっ」と声を溢す。
「幸せ……こういう些細なことも、私の幸せなんでしょうね」
早速見付けましたよ、と嬉しそうに振り返ってくる。
幸せを見付けてくれたことは俺も非常に嬉しいが、それにしても俺に料理を作ることが幸せとは、なかなかに物好きだなと微苦笑が浮かんでしまう。
「俺に得しかない幸せだな」
「ウィンウィンですね」
でも、それが本当に美澄の幸せの一つであるなら、もしかすると抱えたストレスの緩和――視力回復の要因になりえるかもしれない。
「なぁ、美澄。提案があるんだが」
「何ですか?」
「えっと……これからも俺にご飯を作ってくれないか?」
「……え?」
美澄がポカンと口を開けたまま、大きく瞳を見開いて固まった。
ジュゥウ、という揚げ物の音だけが静まり返った部屋に響いている。
そして、美澄の右手にあった菜箸がスッと抜け、重力に従って床に落下する。
カランカラン、と硬く軽い木の音が鳴ったので、俺はソファーから立ち上がり何事かと駆け寄る。
「み、美澄?」
「あっ……」
我に返った美澄は落としたッ菜箸を拾おうとしゃがんで手を伸ばすが、そのときにはすでによく見えない美澄に拾わせるより俺が拾った方が良いだろうと思って俺が箸に触れていたので、必然的に美澄の手が俺の手に触れる。
「っ……!?」
いつもならこの程度で動じたりしないはずの美澄が、なぜかこのときは勢い良く立ち上がって一歩後退る。
「お、おい、どうした美澄?」
「え、だって……津城君が急にそんなこと言うから……」
「あぁ、すまん」
もしかして嫌だったかなと思い、拾った菜箸を流しに置いてから美澄の表情を見ると、なぜか真っ赤に染まっていた。
嫌悪感とは程遠い、恥ずかしさといった感じだ。
「そ、その……それってつまりプロ……プロポーズ的な――」
「――違うわッ!」
「あ、違ったんですね」
びっくりしました、とどこかホッとしたように胸を撫で下ろす美澄。
まぁ、確かに改めて自分の発言を思い返してみればそう受け取れないこともないが、俺はそんな洒落た告白を出来るような男ではない。
「そうじゃなくて、こういう小さな幸せの積み重ねがお前の視力を取り戻すかもしれないと思ってな」
「ああ、なるほど」
美澄は新しい菜箸を取り出して、パチパチと音を立てる油の中からかき揚げを取りだし、キッチンペーパーを敷いたプレートの上に並べる。
「さっきお前が言った通り、ウィンウィンの関係。でも、正確には今の状況はそうとは言い難い」
「どうしてですか? 私は津城君に料理を食べてもらえて嬉しい。津城君は食事の問題を解決できて嬉しい。すでにウィンウィンでは?」
「食費だ」
「ああ……」
美澄はその一言で納得したようだが、一応認識の差異がないように説明しておく。
「今は美澄の食費から俺の分も賄われてしまっている。だから、もし美澄がこれからもご飯を作ってくれるなら、俺も食費を出す」
「折半というやつですね」
「ああ。美澄は食費を今までの半分に抑えられるし、俺も毎日弁当や総菜を買ったりするより安上がりになるうえ、さらに美味しいものが食べられる」
「えへへ、さらに美味しいものですか」
美味しいと言われて嬉しかったようで、美澄は気恥ずかしそうに頬を掻く。
俺としては別に褒めたつもりはなく、ただ事実を述べただけなのだが、美澄が喜んでくれたなら何よりだ。
「で、どうだ? もちろん美澄には料理を作ってもらうことになるわけで苦労を掛けるが……」
「料理を苦労だなんて思ったことありませんし、私としても食費が抑えられるのはありがたいです」
「ということは……」
「はい。その提案乗ります」
「マジか!」
「マジです」
どうやら提案が通ったらしい。
もしかすると断られるかもと思っていたが、これが美澄の視力回復に繋がるならそれで良い。
そして、俺も美澄に“食事の問題”とまで言われた俺の食生活も改善されるし、美味しいものが食べられる。
ただ、ここで念を押しておきたいのが目的は美澄の視力回復だ。
決して俺が美澄の美味しい料理を食べたいからという自己中心的な理由ではない。
「では、津城君。この話は取り敢えずこの辺りにしておいて、食べましょう」
そう言って美澄は茹で終えていた蕎麦に温かい汁を注ぎ、かき揚げをその上から乗せる。
「これはっ……!」
「ふふっ、今日は今年最後の日ですよ。ということで――」
「「年越し蕎麦!」」
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