第22話 お隣さんが妹と仲良くなってる①

【津城颯太 視点】


「ただいまぁ~」


 リビングのソファーに座って呆然とテレビを観ていたら、ガチャリという解錠音と共に、どこか気の抜けた奏の声が聞こえた。


 う~、さっぶ! などと言いながら、リビングに入ってきた。

 帰りにスーパーによって来たのか、手に下げたエコバッグが膨れていた。


「ん、お帰り――って、美澄!?」


「お、お邪魔してます」


 奏の後ろにつくように入ってきた美澄が、ペコリと頭を下げる。


 別に美澄がいつ家に来ようが構わないのだが、問題はそこではなく、奏と一緒にいるところだ。


 奏は相当美澄を目の敵にしていたものだから、今日美澄と出掛けてくることを知ったときは、一体どうなることかと思っていた。


 だが……本当に一体どうなってんだろうか。


「どうしたのよ、ボーっとして」


「あ、いや……」


 美澄と一緒に洗面所に行って、手を洗った奏が、怪訝に眉を顰める。


 どうしたのよ、じゃないだろこの状況!


 と、心の中で思い切り叫ぶが、流石に「え、何で仲良くなってんの?」とはちょっと聞きづらいところがある。


 代わりに口籠ってしまっていると、奏にジト目で「キッモ」と吐き捨てられてしまった。


 そんなところへ美澄も洗面所から戻ってきた。

 そして、なぜかボーっと突っ立っていたので、「座ったらどうだ?」と声を掛けると、ビクッと身体を震わせる。


「み、美澄?」


「は、はい!」


 声をひっくり返して返事をした美澄が、胸の前で両手を握っている。


 明らかにいつもと様子が違う。

 本当に、奏と何を話してきたのだろうか。


「ど、どうした?」


「え、な、何がでしょうか?」


「いや、とぼけるにはちょっと無理があるだろ」


「と、とぼけるっていったい何のことでしょうか」


「あくまでもそれで通すつもりか……」


 まぁ、何があったのか気になるところではあるが、別に無理矢理聞き出す必要もないだろう。


「まぁ、良いけど。座ったら?」


「そ、そうですね。では、お言葉に甘えて……」


 美澄は恐る恐るこちらへ来て、俺の右隣に座る――が、やけに距離が離れているのは気のせいだろうか。


 あぁ、奏の座るスペースを開けてくれているのか?


 チラリと美澄の横顔を盗み見てみた。


 唇がキュッと閉められており、身体に力が籠っている気がする。

 頬だけでなく、横の髪の隙間から窺える耳も微かに赤らんでいるようだ。


 俺は、しまった、と思ってしまった。


「美澄、もしかして風邪移しちゃったか……?」


「え?」


「ちょっと失礼――」


「みゃ――ッ!?」


 スッと美澄との距離を詰め、前髪を持ち上げて右手でその額に触れる。


 温かい……いや、何かだんだん温度が上昇していっている気がする。


 その証拠に、美澄の顔がみるみる紅潮していき、先程の比でないほどに赤い。


「お、お前っ……マジで熱あるぞ!?」


「えと、そのっ……これはぁっ……!」


「こ、これは?」


「アンタのせいよ!」


 ベシッっと鈍い音がして、俺は奏に頭を叩かれたのだと自覚する。

 少し痛かった。


「そっか、やっぱ俺が移したんだな……」


 申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「いや、違うし。そうじゃないし」


「は?」


「風邪じゃないって言ってんの」


「え、じゃあ何?」


 そう尋ねると、奏は心底呆れたと言わんばかりに大きなため息を吐く。


「ほんっと、こういうのは鈍いわよねアンタ。デリカシーがないっていうか……ほら、あるでしょ? 風邪じゃなくても別に熱っぽくなることくらい」


「……何それ」


「っ……! 察しなさいよこの馬鹿ッ!」


「痛っ……」


 再び頭を叩かれた。

 先程よりも大きな鈍痛を感じる。


 だが、本当に申し訳ないが、何のことだかさっぱり。


 ……いや、待てよ。


 鈍い? デリカシーがない? 察しろ?


 ……あっ、なるほど。


 確かにこれは俺が一方的に悪いな。


 俺の知らない、女性特有の何かそういった体調の変化みたいなやつだろう。

 なるほど、身体が発熱するとかいうのもあるのか……。


 無知な自分に嫌気が差すし、そんなデリケートなことを問い詰めてしまったことに物凄い罪悪感を覚える。


「なるほど、そういうことだったか……」


 俺は少し美澄から距離を置き、深く頭を下げる。


「すまん、美澄。俺の気が回らなかったばっかりに……」


「え……えっ?」


「そりゃ言いにくいよな……特に男子には」


「ま、まぁ……男子にというよりかは、貴方に……という感じですけど……」


「マジで申し訳ない」


 改めて頭を下げる。


 すると、美澄は少し恥ずかしそうに笑って言った。


「あ、謝らないでください……その、私もまだこの気持ちが何なのか完全に理解出来たわけではないですし。こ、これからゆっくり知っていけば良いと思ってますから」


「そうだな……」


 流石にこれ以上頭を下げっぱなしだと、逆に美澄に気を遣わせると思ったので、姿勢良く座りなおす。


 奏も「ま、察したならそれで良いわよ」と、機嫌を直してくれた。


「で、でも……もしこの気持ちが本当にそうなんだとしたら、そのときは……私の口から言わせてくださいね……?」


 恥ずかしそうに上目を向けてそう言ってくる美澄。


 だが、俺は頭を横に振った。

 美澄に恥ずかしい思いをさせるわけにはいかない。


「いや、無理に言わなくていいぞ」


「え?」


「俺が駄目だったんだ。学校の保健の授業を、ただ単語を暗記してテストで点を取るためだけの教科だなんて認識でいたからこんなことに……」


「「え?」」


 今度は美澄だけでなく、奏の声も重なった。


「男だから関係ないだなんて思ってた自分が恥ずかしい」


「いや、ちょっと待って」


「どうした奏?」


「ほ、保健って……何でそんな話が出てくるわけ?」


「は? そういう知識を学ぶ場と言ったら保健の授業だろ?」


 そう確認を取ると、美澄と奏が硬直する。


 そして、二人して徐々に顔を赤くしていき――――


「ばっかじゃないのッ!? 何一つ察せてないし、何一つ理解出来てないわよアンタ! どうりでやけに責任感じてると思った」


「うぅ……そうじゃないですよ、津城君……」


 拳を握って声を荒げる奏と、真っ赤になった顔を両手で覆い隠す美澄。


「え、違うのかッ!?」


「違うわこの馬鹿! 何勘違いしてんのよキモいわ! 普通にマジキモいわ!」


「じゃ、じゃあ何なんだよ……」


「一生理解出来ずにいろ、この唐変木がッ!」


 最後に一発。

 頭に重い一撃を喰らったのだった――――

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