第21話 お隣さんは見定められる②
【津城颯太 視点】
キーンコーンカーンコーン……
中学校舎をジリジリと照り付ける夏の日差しの下、下校時刻を告げるチャイムが鳴り響き、生徒は皆続々と教室から出ていく。
暑い、だるい、といった声がいたるところから聞こえる中、俺は二年C組の教室を後にして、二日前に出来た彼女にして人生で初めての彼女との待ち合わせ場所に向かっていた。
特にこれと言って目立つこともなく、かといってド陰キャというわけでもない極々平凡な俺が、学年カースト最上位と言っても過言ではない美少女から告白され、付き合うようになるとは流石に想像していなかった。
しかし、物凄く幸せである。
絶対大切にするし、幸せにするし、俺と付き合ったことを後悔させたくない。
夏の日照りにも負けない青い熱を胸の内に抱きながら、俺は下駄箱で靴に履き替え、校舎裏に入ろうと校舎の角を曲がろうとしたその瞬間、半ば本能的に足を止めた。
「もぉ~、ホント無理ぃ~。あと五日もあるんだよぉ~!?」
これは、俺の彼女の声だ。
どうやら、いつも行動を共にしているメンツも一緒のようだ。
「我慢我慢。罰ゲームなんだからしょうがないでしょ」
メンバーの内の一人が言った言葉に呼応するように、押し殺したような笑い声が聞こえる。
「それにしたって一週間は長すぎぃ~!」
「そうかもしれないけど、相手にあの津城を選んだのはアンタでしょ」
「だって、選択肢の中だったらマシかなぁって思ったからぁ……」
――と、そこからもしばらく話が続いていたが、無意識に俺の耳がこれ以上音を拾うのを拒絶した。
身体からフッと力が抜け落ちる。
気が付けばその場に座り込んでおり、校舎の壁を背の支えにしていなければ今にも地面に倒れこんでしまいそうだ。
そして、真っ青な空を見上げた。
そこには、大きな存在感を放つ入道雲。
雨は降っていないはずなのに、どうしてか、俺の頬に生温い雫が伝う感覚がした――――
◇◇◇
「……クソ、変な夢見た……」
身体がだるい。
風邪は美澄のお陰ですっかり治った。
ということは、間違いなく嫌な夢を見たせいで気が沈んでしまっているからだろう。
「ったく、奏が昨日話題を持ち出したから……」
文句を言いつつベッドから降りて朝――と言ってもほとんど昼だが――の支度を済ませる。
まぁ、奏が俺を心配してくれているのは良く知っているので、直接本人に不満を言う気にはならない。
それに、こんなに美味しいご飯を用意してくれたんだ。
文句どころか謝辞を述べたいくらいだ。
「ん、紙?」
料理と一緒にダイニングテーブルに置き手紙があることに気が付き、目を通す。
“隣の女と出掛けてくる”
「……」
考えるまでもなく『隣の女』とは美澄のことだろう。
あれだけ美澄のことをよく思ったなかった奏が、その美澄と出掛けるとhが一体何事だろうか。
『私が見定めてあげようじゃないの』
あぁ……何か、昨日そんなことを言っていた気がする。
こういうことだったのか……。
「ヒートアップしてないと良いけど……」
◇◇◇
【津城奏 視点】
「――で、そのクソ女は罰ゲームで颯太と付き合ってたってわけ」
「そ、そんな……」
「当然そのことを知った颯太はクソ女と別れた。それで終わりだったらまだマシだったんだけど……」
思い出しただけでも胸糞悪い。
しかし、その怒りを何とか拳を握って抑え込み、冷静に美澄に事情を伝えることだけうを心掛ける。
「罰ゲームで付き合ってたことを、クソ女とそのグループの奴らが言い触らして話題が広まったんだ。当然それで颯太は周りからからかわれたりもしたし、クソ女と付き合ってて颯太のことよく思ってなかった連中なんか、それはもう騒ぎ立ててた」
当時、颯太と同じ中学で一年生だった私の周りでも、その話題がちらほら上がっていた。
お前の兄ちゃんフラれたんだって? などとデリカシーの欠片もない思春期真っ盛りの雄猿達から、何度そんなことを聞かれたことか。
――だから、私は自分を変えた。
黒髪眼鏡というどこにでもいる私は、髪を伸ばして染め、眼鏡をコンタクトに変え、コスメも勉強して美容に気を遣うようになった。
制服も校則ギリギリ――いや、少しアウトかというくらいにまでスカートを短くした。
どう見てもカースト上位の陽キャ。
友達もどんどん増やし、私という人間の社会的地位を高いところに確立した。
誰も私をからかったり、いじったり、当然いじめたりも出来ない。
私の機嫌を損ねたら、自分が社会的に追放されるから。
そして、そんな私が颯太の隣にいれば、颯太はもう舐められなくなる。
私が颯太を守る。
もう誰も颯太に手出しさせない。
そのために私は、今の私に生まれ変わった。
「わかったでしょ? そんなことがあって、逆に恋愛不信――いや、恋愛恐怖症にならない方がおかしいわよ」
「そう、だったんですね……」
話し終えた私は、一口水を流し込んで喉を潤す。
そして、美澄に視線を移すと――――
「――ッ!?」
背筋が凍った。
儚げで可憐な雰囲気を纏っている印象だった美澄が、今は極寒のブリザードを吹き散らしているかのようだ。
大きな栗色の瞳は細められ、キラリと鋭利な光が宿っているようにも見える。
最初見たときから美形だとは思っていたが、今その美しさも相まって恐ろしい。
「酷すぎます……っ!」
「あ、貴女……」
怒っていた。
美澄は私が伝えた颯太の話を聞いて、心の底から怒っていたのだ。
いつも優しい人こそ怒ると手が付けられないとはよく言うが、私は美澄が怒ってくれていることが何故か嬉しかった。
「……あ、ご、ごめんなさい。急に苛立ってしまって……」
ハッと我に返った美澄は、自分の硬くなっていた顔を両手で包む。
そして、気を紛らわせるようにポテトに手を伸ばし、もぐもぐと口を動かし始めた。
私は何だかそんな美澄が可笑しくって、つい小さく吹き出してしまった。
「な、何ですか~!」
「ふふふっ……いや、ごめん。なんか嬉しくって」
「嬉しい?」
「こうやってアイツのために本気で怒ってくれる人がいるんだなってね」
「そ、そりゃ怒りますよ!」
当たり前です、と不満げに頬を膨らませる美澄。
「うん、良かった。貴女みたいな人がアイツの隣人でさ」
「そ、そうですか?」
うん、そう。
心の底からそう思う。
本当なら、誰よりもアイツの傍にいてやれる私が助けたかった。
でも、妹の私が隣にいても、颯太の恋愛不信が治せるわけじゃない。
でも、この人なら……
「これからも、アイツの隣にいてやってね」
美澄は少し意外そうな顔をして、何度か瞬きを繰り返してから、優しく温かい微笑を湛えた――――
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