第20話 お隣さんは見定められる①

 ファミレスに入った私と美澄は、窓際二つ目のソファー席に向かい合うように座り、簡単に摘まめるものを注文した。


 そして――――


「単刀直入に聞くけど、何で颯太に関わるわけ?」


「何で、ですか……」


 単純で難しい質問ですね、と美澄は少しの間首を捻りながら考える。


 私はその間、美澄の口から発せられる言葉が真実かどうか、細かい仕草の一つ一つにまで注視する。


「そうですね、最初はやっぱり津城君に借りを返す――いえ、恩返しをしたいというのが理由だったと思います」


「恩返し?」


 美澄は一つ首を縦に振る。


「ほとんど目が見えない状態での初めての一人暮らしでとても不安だったんです。そんなとき、たまたまお隣だった津城君が色々助けてくれて」


「あ、アイツ……」


 呆れと怒りが私の拳を固く握らせた。


 過去、自分がどんな目にあったか忘れたわけじゃないだろうに、まだそうやってお人好しでいる。


 まったく、これでこの女が颯太を利用してるだけの悪女だったらどうするのよ……!


 ――と、心の中で颯太に文句を言いつつ、美澄の放つ一言一句、挙動の一つにまで意識を集中させ、その言葉に嘘偽りがないかを確認する。


「だから、最初はその恩を返したいっていう思いが強かったんですが……」


「……?」


 美澄はそう話しながら、自分でも不思議だというように窓の外の景色へ視線を移す。


「津城君にご飯を作ってあげたら『美味しい』って言ってくれたり、何かと気遣ってくれたり、相談に乗ってくれたり……」


 あ、あれ……?

 嘘を吐いているようには見えない――どころか、え、何その顔。


「彼の隣にいると何だか落ち着くんです。……だから、私は割と自分勝手な理由で津城君に関わってるのかもしれません」


 ガッカリしましたか? と美澄は曖昧な笑みを浮かべて私に尋ねてくる。


 しかし、すぐに答えることが出来なかった。


 思考が完全に停止した真っ白な頭の中に、今の美澄の嘘偽りの感じられない言葉と、遠い景色を見詰めるような横顔が浮かぶ。


 だから、私の口から自然と零れ出てしまった。


「……颯太のこと、好きなんだ?」


「……え?」


 不思議な沈黙が流れる。


 美澄は瞬きを繰り返したあと、徐々にその瞳を大きく見開いていく。

 そして、みるみる顔が赤く染まっていった。


「ち、ちがっ……別にそういうのじゃなくてですねっ……!?」


 美澄は視線を泳がせて、あわあわとしている。


 反応があまりにも無垢すぎて笑ってしまいそうになるが、どうやら美澄は無自覚だったらしい。


「そ、そうなんでしょうか……?」


「いや、私に聞かれても……」


 そんなとき、店員が注文していたフライドポテトを持ってきたので、何となく手を伸ばして食べる。


 一応美澄の方へ寄せてみたが、どうやら今はそれどころではないらしい。


「ま、良いわ。取り敢えず貴女が颯太に害を与えるような人間でないことはわかったから」


「そ、そうですか?」


 そりゃそうでしょうよ。

 こんな純粋な恋心を抱いているような人間が、颯太を貶めたりするわけがない。


 少なくとも、颯太を恋愛不信に陥れたの同類ではない。


「はぁ……それにしても颯太かぁ~」


「へっ?」


「だって、好きなんでしょ?」


「う、うぅん……どうなんでしょうか。初めてのことなので、何とも……」


 頬を赤らめた美澄は、どこか気恥ずかしそうに視線を伏せる。


 まったく、こんな初々しい姿を見せられているこっちが恥ずかしくなってくる。


「ま、それが本当に恋なのかどうかは置いといて……颯太を落とすとしたら相当難しいわよ」


「お、落とすとかっ……そんなハレンチなことは考えてないですっ!」


「良いから聞きなさい。これからも颯太の傍にいるっていうなら、知っておくべきよ」


「何を、ですか?」


 一瞬悩んだ。


 こんなこと、颯太の許可もなしに話していいことではないかもしれない。

 だが、何となく、美澄を最後に試してみたくなったのだ。


 この話をして、どんな反応をするのか――――


「アイツが――颯太が恋愛不信になった理由よ」


「――ッ!?」


 どうする聞く? という意味を込めた沈黙を作る。


 その間、皿に盛られたフライドポテトを食べていく。


 同じ皿にケチャップも乗せられていたので、試しに付けてみたが……うん、普通に食べた方が美味しいわね。


「……本当なら、津城君から直接聞くべき話なのかもしれません……」


「なら、止めとく?」


「いえ、聞かせてください」


 美澄はほとんど見えていないはずの目で、しっかりとこちらを見詰めてくる。


「私は津城君のことを知らなすぎます。そりゃ、まだ会って数日の間柄ですけど、私はもっと彼のことが知りたいです」


「……ったく、これが恋じゃなかったら何なのよ……」


「え、何か言いましたか?」


「ううん。何でもないわ」


 私は一度水を飲み、調子を整える。


 そして、一呼吸置いてから、あのときのことを――颯太が恋愛不信になったときのことを思い出しながら話した。

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