第19話 お隣さんの勘違い③

【奏視点】


 颯太が止まるなら自分のベッドを貸してくれると言っていたが、結局リビングのソファーを使った。


 熱は引いたとはいえ、病み上がりの人間から別途を取り上げるのは気が引けるし、何より、颯太のベッドを使うと意識すると居たたまれなくなってしまう。


 朝――いや、もう昼近くになるが、目を覚ました私はブランチを作って食べた。


 相変わらず起きるのが遅く、まだ寝ている颯太の分も作っておいた。


 面倒だが料理は嫌いではないし、やはり泊めてもらっている立場としてはこれくらいすべきだろう。


 そして、出掛ける支度をしてから颯太の分のご飯と一緒に置き手紙を残し、きちんと戸締りをしてから向かう先は――――


 ピーンポーン。


『は、はーい』


 三〇四号室のインターホンを押すと、昨日颯太の家にいた女――美澄だったっけ? の声が聞こえてくる。


「昨日颯太の家で会った奏だけど……ちょっと話がしたい。出掛けない?」


『あ、えぇっと……』


 やっぱり急すぎたかな。

 でも、私もいつまでもここにいられるわけじゃないし、なるべく早めに話したかったんだけど……


『わかりました。ちょっと待っててくれますか?』


「あ、うん」


 ……なんか、大丈夫っぽい。


 美澄の返事を聞いてから三分くらいたった頃、ガチャリと扉が開いた中から、美澄が長い黒髪を揺らして現れた。


「こんにちは。すみませんお待たせしてしまって」


「いや、私が急に来たのが悪いから、ごめん。でも、貴女と話しておきたくて」


「話、ですか……?」


「ここじゃ何だし、どこかゆっくり出来る場所に行きましょ?」


「ま、まさか路地裏でリンチにされたりしませんかっ?」


「し、しないわよ! 一体私を何だと思ってるのよ……」


 美澄が小さく笑って「ごめんなさい」と謝ってくる。


 こうやって話してる感じ、別に美澄が悪そうな人間には見えない。

 少なくとも、颯太の優しさに付け込んで利用したり、颯太を傷つけたりするようには……


 でも、まだ判断するには早い。


 もちろん人にもよるが、女子は取り繕ったりキャラを演じたりするのが得意だ。


 私がきちんとこの女を見定めて、颯太の傍にいていい人間か判断しないと。


「じゃ、早速行きましょ? えっと、確か目が見えないとか……」


「あ、はい。まったく見えないわけではないんですが……」


「だったら私の腕使って良いわよ」


 はい、と右腕を横に張って美澄の方に向けると、しばらく美澄は驚いたように瞳を何度かパチクリさせてから、私の腕に自信の手を添えた。


「ふふっ、何だか津城君と似てますね」


「は、はぁ!? どこがよ!?」


「いや、こうやって気を利かせてくれるところとか」


「べ、別にこれくらい普通でしょ!」


「そうやって気を使えることを普通と思ってるところもそっくりです」


「う、うぅん……」


 なんか、この女と一緒にいると自分のペースが崩される。


「まぁ、そりゃ私、アレの妹だし。似ててもしょうがないというか……不服だけどね」


「……え?」


「ん?」


 木魚が三回叩かれたあとにチーンという音が聞こえてきそうな間がたっぷりと空き、美澄がこちらを向いて榛色の瞳を大きく見開いていた。


「な、何よ?」


「え、いや……えっと、津城君の彼女さんでは……?」


「は、はぁあああッ!?」


 この女はいきなり何を言い出してるんだろうか。


 私と颯太がつ、付き合ってるとかっ……いやいや、ないない。絶対ない。ありえない。普通にキモい。


「違うんですか?」


「ぜんっぜん違うわッ!」


「そ、そうだったんですね……」


 よかったぁ、と心底安堵したように胸をホッと撫で下ろす美澄。


 恐らく、颯太の彼女に自分が颯太と一緒にいるところを見られたと解釈していたのだろう。


「ということは……もしかして年下ですか?」


「今中三。だから別に貴女も敬語なんて使わなくていいのよ」


 むしろ私が使うべきなのだろうが、あまり敬語は得意ではない。


「ああ、私のコレはもう癖みたいなものなので気にしないでください」


「あっそ」


 行くわよ、と言ってからゆっくり歩き出すと、私の右腕に手を掛けた美澄も同じように歩き出した――――



◇◇◇



 この街に詳しくないため、美澄にどこかいい場所はないかと尋ねると、ファミレスがあるということだったのでそこへ向かって歩いていた。


「それにしても、奏さんは兄想いの良い妹さんですね」


「い、いや、何でそうなったわけ」


 何の会話が生まれることもなく歩いていた中、急に話し掛けてきたと思ったら突然意味のわからない話題だった。


 右隣を歩く美澄を見やると、美澄もまたこちらに視線を向けていた。


 そして、微笑んだためか、それともよく見ようとしたためかは定かでないが、榛色の瞳が僅かに細められる。


 ほとんど見えていないと言っていたくせに、どうしてかその瞳は私の心の内まで見透かしているような気がしてならなかった。


「理由はわかりませんけど、昨日私を津城君から遠ざけようとしたのも、今日こうして話したいと持ち掛けてきたのも、私が津城君と関わっても平気な人間か見定めるためですよね?」


「……お見通しってわけね」


「ふふっ、私、洞察力には自信があるんですよ?」


 まぁ、単純な視力はからっきしですけどね、と可笑しそうにクスッと笑いを溢すが、まったく面白くない上に非常に触れにくい話題だ。


 何とか無理矢理笑みを作ってやり過ごすのが精一杯だった。


 そして、そうこうしているうちに目的地のファミレスに到着した。


「じゃ、ゆっくり話をしましょうか――」

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