第18話 お隣さんの勘違い②
「か、彼女さん、いたんですね……」
寂しげな色を浮かべてそう呟く美澄に、俺の思考が一瞬フリーズする。
そして、若干の間を置いて俺の口をついて出たのは――――
「……は?」
コイツは何を言っているんだ、という意味をふんだんに含んだその一言だった。
気まずいとも言い難い微妙な沈黙が場を支配していたが、そんなもの待っていられないといった風に、玄関から合鍵で入ってきたと思われる金髪の少女――奏が口を開いた。
「ちょっと、颯太! どういうこと!?」
奏が鋭く美澄を睨みつけながら、声を荒げる。
まぁ、美澄は自分が奏に睨まれているとは知らないだろうが、それでも奏の鬼気迫る声に若干怯えている。
「落ち着け奏。お前の心配してるようなことは何もない」
「は、はぁ!? 別に心配なんてしてないんですけど!? 何思い上がっちゃってんのキッモ!」
相変わらず素直じゃないな。
奏は俺が恋愛不信になった理由を知っている。
そして、そのことを俺を含めた誰よりも怒った。
そのため、恐らく奏は、俺に他の女子と一緒にいてほしくないんだろう。
――また俺が傷付いたりしないように。
「奏、こいつは――美澄は大丈夫だ。今日だって付きっきりで看病してくれたんだぞ」
な? と美澄に同意を求めようと声を掛けたが、美澄はブツブツと「し、下の名前で呼び合ってる……」とか「これが噂に聞く修羅場」などと意味のわからんことを呟いていてそれどころではない様子。
「颯太の言う“大丈夫”が本当に大丈夫なら、アンタ恋愛不信になんかなってなかったでしょうが!」
「か、返す言葉もない……でも、美澄は本当に大丈夫だ、信用してる。それに、俺自身美澄の傍にいたい理由があるんだよ。コイツは目があまり良くなくてな……誰かが助けてやらなきゃダメなんだよ」
「ええそうね! それは誰かが助けないと駄目でしょうね! でも、別にその役目は颯太じゃなくてもいい!」
「それはそうだが、美澄とはお隣さん同士なんだ。今は俺が一番身近にいる人間だ」
「あんなことがあったのにっ……懲りずにそうやってお人好ししてるってワケ!? そんなんだから、良いように付け込まれてオモチャにされて、最後には――」
「――奏。それは今ここで話すことじゃない」
この話は、美澄の耳に入るところでするべき話じゃない。
ヒートアップしていた奏は少し落ち着きを取り戻し、「そうね」とため息混じりに呟く。
「ええと、取り敢えず私は帰った方が良いですよね?」
「あー、悪いな美澄。変なことに巻き込んじまって。あとで説明するから」
「……はい」
あっ、そうだ、とそういえば美澄が夕食を作って持ってきてくれると言っていたのを思い出す。
折り合いが悪い奏がいる状況だ。
あまり俺と美澄が関わっているところを見せない方が良いだろう。
「美澄、夕食の件だが……」
「はい、わかってますよ」
「本当にすまん」
「気にしないでください」
玄関が閉まる音とともに、美澄の姿も消えた。
最後にチラリと見えた美澄の横顔が、どこか寂しそうな感じがして、少し胸がざわつく。
「で、上がって良い?」
「あ、ああ」
修羅場っぽい何かが過ぎ去ったあとのこの妙な静けさは、非常に居心地が悪かった――――
◇◇◇
「ってか、突然お前が来るからびっくりしたぞ」
リビングのソファーに座り、目の前のテレビに映し出されたニュースを何となく観ながら奏に声を掛ける。
奏は今、ソファーの傍の床に座ってキャリーバッグを開き、荷物の整理をしていた。
「そ、そりゃアンタが『風邪引いたわ』とかメッセージ送ってくるからっ」
「いや、だからってわざわざ来なくても……まぁ、心配してくれてサンキューな」
「べ、別に心配なんかしてないっつうの! 勘違いすんなマジキモい」
「あはは……」
相変わらず言葉遣いが強烈な奏に苦笑いを溢しながら、俺は美澄からもらったスポーツドリンクを口にする。
すると、荷物の整理が済んだのか、奏がドカッと俺の右隣に足を組んで腰掛ける。
「でも、そんだけ動けて喋れてるんだったら、たいした風邪じゃなかったのね」
「まぁな。最初は八度五分あったけど、美澄がうどん作ってくれたり薬持ってきてくれたりしたからな」
「……そう」
美澄の名前を聞いた一瞬、奏の眉がピクリと動いた。
やはり、美澄の存在は奏としては看過出来ないのだろう。
「颯太。女の子は怖いのよ」
「お前もその女の子だけどな?」
茶化すな、と肘を脇腹に食らい、鈍痛が俺の口を塞ぐ。
「演技上手で、本当のところ何考えてるかわからない。好感を持たれるような行動をするときには裏があることが多かったりもする」
「美澄もそうだって言いたいのか?」
「そうかもしれないって言いたいのよ」
奏の言わんとしていることは理解出来る。
だが、俺にはどうしても美澄が計算ずくで行動するような人間には見えない。
よく考えればまだ出会って数日の間柄だし、俺が美澄の人柄を完全に把握できているとは言わない。
でも、少なくとも俺を恋愛不信に陥れたアイツらとは違う。
「ま、決めつけるのは良くないけどね」
「奏?」
「だから、私が見定めてあげようじゃないの」
「何言ってんのお前?」
奏はただ意味ありげな笑みだけを浮かべると、ソファーから立ち上がってキッチンの方へと向かっていった。
「そんなことより、食欲はあるわけ?」
「あるぞ」
「じゃ、今夜は私が作ってあげるわ。どっかの誰かさんのうどんよりよっぽど美味しいものをね」
確かに美澄の料理は凄く美味しい。
しかし、それは奏も同じ。
奏は得意げな笑みを浮かべて冷蔵庫の扉に手を掛ける。
そして――――
「あ、そういや食材ないぞ」
「作れないじゃないッ!!」
いくら奏の腕が良いからと言って、食材がなければ料理は作れない。
このあと奏は、最寄りのスーパーへ買い出しに行くのだった。
ちなみに、まだ体調が回復しきっていない俺はお留守番だ。
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