第13話 お隣さんの泣き顔①
美澄が受け取った凛清高校の制服のスカート丈が決まってから、しばらく二人でリビングのソファーに腰を落ち着かせてお茶をしていた。
緑茶とその茶請けにクッキーという組み合わせだ。
この家に来たときに紅茶――アールグレイを出されたので、美澄が新たに緑茶をチョイスしたのは、恐らく同じものを飲ませて飽きを感じさせないための配慮なのだろう。
しかし、流石に紅茶も飲んで緑茶も飲んだため、一度お手洗いを貸してもらったりした。
そんなティータイムがのんびりと続いており、何時になっただろうと時刻を確かめるために部屋を見渡すが、時計が見当たらなかったので自分のスマホで確認すれば午後四時三分。
ああ、壁に時計掛けてても美澄見えないもんな……と、部屋に時計が掛けられていない理由を何となく察しながら、俺と少し間を開けた右隣に腰掛けている美澄に視線を向ける。
「そういえば、ずっと制服のままだな」
「はい。ちょっと気に入っちゃってます」
地元の学校には制服がありませんでしたので、と付け加えて、美澄は静かに湯飲みを口につける。
制服のない学校に通ったことがない俺からしてみれば、私服で登校とか楽で良いなと思ってしまうが、どうやら美澄は制服に憧れのようなものがあったのだろう。
「そういえば、ブレザーの袖はどうするんだ? そんなに余ってる風には見えないけど」
「そうですね。この分だと直さなくてもよさそうです」
美澄はそう答えて、ブレザーの袖から一年生の証である襟元の赤いリボンに視線を移し、手で触れる。
「あと、このリボン可愛いです。他の学年は何色なんですか?」
「二年生は黄色、三年生は青色だな」
「では、この赤いリボンはすぐに黄色いリボンに取り換えないといけないんですね」
少し残念です、と寂しげにリボンを見詰めていたので、俺は一口緑茶を飲み込んでから、「いや、違うぞ」と首を横に振る。
「リボンの色は卒業まで変わらないぞ。俺達の代はずっと赤色だ」
つまり、来年入ってくる新入生が、卒業生となる今の三年生の色である青色のネクタイかリボンをつけるというわけだ――と説明すると、美澄は「なるほど」と納得する。
「赤が好きなのか?」
「あー、そう言われればそうかもしれません。ほら、神社の鳥居って赤いですし、巫女装束も朱袴で、自然と赤色が周りにあったというか」
「美澄の巫女装束姿……」
頭の中で、勝手に美澄に巫女装束を着せてみる。
何というか……幻想的で、神聖不可侵な感じが非常に――――
「津城君、勝手に変な妄想膨らまさないでくださいね?」
「……お前、何でもお見通しだよな」
やっぱり変なこと考えてた、と呆れたようにため息を吐く美澄。
皿から一つクッキーを取り、サクッと一口食べる。
「でも、凄く似合いそうだよな。写真とかないのか?」
そう聞くと、美澄はむせて咳き込んでしまう。
一度落ち着かせるように緑茶を飲み、湯飲みを机に置きなおしてからこちらをジト目で睨んでくる。
「似合うもなにも、私は神社の娘ですから。それに、写真なんてありません。スマホ買ったの最近ですし……」
「そりゃ残念」
「何が残念なんですか、もう。見ても特に面白いものではないんですけど……」
「面白いかどうかはともかく、見てつまらないものではないだろ。ほら、綺麗だろうし」
普段あまり見る機会のない巫女装束を見てみたいという気持ちもあるし、それを美澄のような美人で可愛らしい少女が身に着けているというならなおさらだ。
しかし、美澄が写真を持っていないというならそれも叶わないだろう。
俺は少し残念な気持ちになりながら、クッキーを食べる。
中に入っているチョコチップが、甘さの控えられた生地と良い相性で、他にもナッツの入ったものやレーズンの入ったものもある。
二個ほど続けて食べて緑茶を飲んだ辺りで、美澄が黙り込んでいることに気が付いた。
恥じらいと不満が混ざったような何とも言えない表情で眉を寄せていたので、「どうかした?」と尋ねると、突然左拳を突き出してきた。
とはいっても、力はほとんど入っておらず、俺の右腕がポンと叩かれた程度だったが。
「えっと、俺はなぜ殴られたので?」
「……津城君は無意識かもしれませんが、そういうことを軽く言うものではないです」
「そういうこと?」
「その……綺麗、とか」
「いや、素直にそうだろうなと思っただけなんだが」
「スカートのときは恥ずかしがってたくせに」
「い、いや、それとこれとは話が別というか……」
どこからが恥ずかしくてどこまでが恥ずかしくないのかという線引きは人間無自覚にやっているものだろう。
俺はスカートの長さの好みを問われてそれを答えるのは恥ずかしいが、素直に相手を評価するのは別に恥ずかしくない。
「あ、まさか照れたか?」
「て、照れてませんっ!」
ポコッともう一発、パンチというにはあまりにも可愛らしすぎる拳を右腕に食らってしまった。
「照れてませんけど、その……慣れていないというか……」
「慣れてない? それだけの整った容姿があって、褒められることに慣れてないのか?」
お前の爺さんと会ったことのある身としては信じ難いんだが、と一度病院で顔を合わせたときのことを思い出しながら言うと、美澄は一瞬表情に落ちた影を紛らわせるように曖昧に笑って、「おじいちゃんだけですよ」と答えた。
ズキリ、と胸が痛くなる。
確信を得た気がする。
美澄の抱えるストレスの原因が、生まれ育った家庭環境にあるのだと。
前に家事などは厳しく教え込まれたと言っていたし、神社の娘として生まれたからにはその役目があるだろう。
いや、これはあくまで俺の邪推でしかない。
しかし、そんな環境で、褒めてくれるのは――寄り添ってくれるのは祖父だけ。
両親は?
周りの人間は?
何となく美澄の実家のことを察すると、より多くの疑問が湧き出してきた。
「もしかすると、津城君を不快にさせてしまうかもしれません……」
美澄は姿勢良く座ったまま、視線を自身の膝辺りに落として呟く。
「それでもいいと言ってくれるなら、聞いてくれますか……?」
「……美澄、それは俺が気になってると思ったからか? もしそうなら――」
無理に話さなくていいんだぞ、と言葉を紡ぐ前に、美澄が「違います」と頭を振った。
「もしかすると、本当は知られたくないのかもしれません。だって、話してしまえば、津城君の私を見る目が変わってしまうんじゃないかと思って、少し怖いので……」
美澄は静かに顔をこちらに向けてくる。
「でも、それでも津城君には知っておいてもらいたいと思ったんです。だから、津城君が気になってそうとか、知りたいだろうなとかいう理由ではないですよ」
「そっか」
美澄が俺に話しても良いと思ったなら、俺にそれを断る理由はない。
ただ誠実に、美澄の話に耳を傾けるだけだ。
俺の聞く準備が出来たことを感じ取った美澄は、どこへともなく視線を向ける。
そして、静かに口を開いた――――
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