第12話 お隣さんの制服姿②

「こんな感じでどうでしょうか?」


「……良いと思う」


 所要時間およそ十五分。


 やっとの思いで美澄のスカート丈が決定した。


 最初、取り敢えず美澄に膝上にスカートを上げてもらった俺は、そこから何度か微調整してみたが、どれも納得出来なかった。


 というのは、似合っていないということではない。

 むしろ、どの長さでも美澄の魅力は損なわれず、普通に綺麗だった。


 なら、それで良いじゃないかと思うだろう。

 俺もそう思った。


 しかし、俺はちょっと本気で考えてみたのだ。


 そして、参考資料として、スマホで自分の好んで読んでいる青春ラブコメもののラノベを検索した(隣とはいえ、家まで取りに行くのは手間だったため)。


 見るのは表紙。

 具体的には、そこに描かれた制服姿のヒロインだ。


 当たり前だが、表紙を描くのはイラストレーター。

 そして、当たり前だが、そのイラストレーターが最高に可愛いと思った完成作品が表紙になっている。


 つまり、その人物に最高に似合う衣装となっているわけで、それはスカートの長さもしかり。


 いやいや、現実と絵を一緒にしたら駄目でしょ、と思うかもしれないが、そこについては問題視していなかった。


 なぜなら、客観的に見て、美澄は絵に描いたような美少女だからだ。


 そんな研究と試行錯誤の末、美澄のスカートは膝上十三センチ強――厳密に、十三センチ五ミリというところに収まった。


「ところで、どうしてこの長さなのか理由を聞いても良いですか?」


 美澄は自分のスマホの画面を見ながらそう尋ねてくる。

 先程、長さが決定したときに、俺が美澄のスマホで美澄の立ち姿を撮影し、本人に見せてあげたのだ。


 俺のスマホで撮影しなかったのは、撮った写真をそのまま保存しているかもしれないという疑念を美澄に抱かせないためである。


「まず、参考にした画像がこれだ」


「可愛らしい女の子ですね」


 今美澄に突き出した俺のスマホの画面には、参考にしたラノベの表紙が映っている。


「このヒロインの身長は百五十ちょっと……大体百五十センチとしておこう。そして、文庫本はA6サイズ。つまり縦の長さは十五センチ。ということは、少し脚が見切れてるとはいえ、このヒロインの縮尺は十分の一。そこまでわかったら、このヒロインの膝からスカートの裾までの長さを図って十倍すれば、実際のスカート丈がわかる」


 そこから、割愛した数センチと、見切れてて尺度の計算に入れなかった脚の長さをイメージして微調整した結果がこの膝上十三センチ五ミリというわけだ。


「な、何というか……本気ですね?」


「もちろん」


 美澄は僅かに苦笑いを浮かべたが、改めて自分のスマホの画面に視線を落とすと、嬉しそうに微笑を湛える。


「でも、本気で考えてくれて嬉しいです。ありがとうございます」


「いや、時間掛かって悪かったな」


 構いませんよ、と言って美澄はスマホの画面を消してテーブルの上に置くと、「だって――」と続けた。


「これが津城君の好みなんでしょう?」


「こ、好みって言うと、何か別のニュアンスが生まれる気がする……」


 手を後ろで組むようにして、俺の表情を覗き込むように顔を近付けてくる美澄。

 これくらい接近しないと俺の顔が見えないのだろうとは理解しているが、だから恥ずかしくないというのはまた別の問題だ。


 ポーカーフェイスは出来る方だと思っているが、顔が紅潮するのは理性でどうこうできるものではないので、防ぎようがない。


 果たして今の俺は、赤くなっているのだろうか。


 いや、美澄が指摘してこないということは赤くはなってない――――


「あれ、津城君。顔が赤くなってますよ?」


 ――――ことはなかった。


 そうか、普通に赤面してしまっているらしい。


 指摘された上に、それを見た美澄が悪戯っぽく微笑んでくるので、さらに顔に熱が上った気がする。


「勘弁してくれ……」


「別に恥ずかしがることじゃない気がしますけど。単にスカート丈の好みを聞いてるだけなんですが……」


「お前の羞恥観念どうなってんだ。普通に恥ずかしいわ」


「えー、病院とかバスの中ではもっと恥ずかしいこと言ってたじゃないですか」


「何か言ったっけ?」


 そう尋ねると、今度は美澄が恥ずかしがる番だった。


 僅かに頬が赤く染まり、近付けてきていた顔を離すと、視線を斜め下に逃がす。


「わ、私が美人、とか……か、可愛い、とか……」


「いや、それこそ恥ずかしがることじゃないだろ。美澄が美人で可愛いのは客観的事実であって、俺の趣味嗜好の話じゃない」


「バスのときはそうだとしても、病院のとき津城君は私のこと『まあ、可愛いですよ。そりゃ』って言ってたじゃないですか。あれは、その……津城君の主観じゃないんですか?」


「む、難しいな。ほら、世間一般に可愛いと思われるものを俺も同感して『可愛い』っていうのは恥ずかしくない……みたいな」


「つまり、客観的な意見関係なく自分の好みを言うのが恥ずかしいんですね?」


「普通そういうもんだろ」


「そういうもんですか?」


 自分で言っててなんか違う気もする。


 基本俺は言いたいことはハッキリ言う性格だし、正直自分の好みを話すのも別に苦手じゃない。


 では、なぜ美澄のスカート丈が好みかどうかと聞かれて恥ずかしがるのかというと、答えは簡単なのではないだろうか。


 本人の前で、本人のスカート丈が好みですなんて言った自分を想像したら、軽く死ねるからだ。


 実際、手間を惜しまず十五分掛けて今のスカート丈にしたんだ。

 つまり、今の状態が俺の思うベストであって、それを好みと言わずして何とするのだろうか。


 だから――――


「……まぁ、察しろってことだ」


 わざわざ口に出さなくてもわかるだろう。


 その証拠に、美澄は「口で言わないと伝わらないこともあるんですよ?」と言っているものの、クスッと可笑しそうに笑っていた。


 美澄の言うことは非常に同感だが、今回のケースなら言わなくても伝わることだ。


 俺を恥ずかしがらせたいのか何なのかはわからないが、美澄は恐らく俺に口に出して答えてもらいたかったんだろう。


 残念ながら俺は、言いたいことはハッキリ言う性格でも、小恥ずかしいことをペラペラ喋ったりするような人間ではないのだ。


「そうだ。丈合わせに付き合ってくれたお礼もしたいので、ぜひお茶くらい飲んでいってください」


「別にお礼してほしくて手伝ったわけじゃないから、気にしなくていいぞ?」


「では言い方を変えましょうか。小腹が空いたのでお茶にしたいんですが、一人だとつまらないので付き合ってください」


「頼み事にすれば良いと思ってないか?」


「えー、思ってませんよ~?」


 そんな風にとぼけながら、美澄は制服姿のままキッチンの方へ行ってしまった。


 どうやら、俺の意思は関係なく、お茶に付き合わされるらしい。


 まぁ、良いけどさ…………。

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