第11話 お隣さんの制服姿①
「で、俺は何を手伝えば良いんだ?」
荷物を自宅に置いてきて、美澄の家にお邪魔している俺は、リビングのソファーに腰掛けて、出された紅茶を一口飲んでからそう尋ねた。
美澄曰く、この紅茶はアールグレイというものらしく、この口に広がって鼻から抜けるような爽やかな風味が味わえるのは、ベルガモットで風味付けされているからだそうだ。
「その、制服をもらったので、袖とかの細かい調整をしないといけないんですよね」
「あー、もし俺に裁縫スキルを求めてるなら、申し訳ないけど無理だぞ」
「いえいえ、縫うのは自分でやるので大丈夫です。そうではなくて、スカート丈を見てほしくて」
「……は?」
美澄の言葉の意味を理解するためにたっぷりと沈黙を置いたあと、俺の口から間抜けな声が漏れ出た。
「袖の長さとかなら自分一人で問題ないんですが、スカートの丈はやっぱり全体像が見えないと決められそうになくて……」
「なるほど……」
「ダメ、ですか……?」
制服の入った紙袋を胸に抱き、僅かに視線を落として聞いてくる美澄。
残念なことに、そんな悲し気な姿を見せられておいて断れる勇気は俺にはない。
「まぁ、俺の意見が参考になるかどうかはわからんけど、一度引き受けたことだしな」
「あ、ありがとうございます」
では、着替えてきますね、と言って、美澄はリビングから繋がる自室の扉のノブにガチャッと手を掛ける。
そして、早々に部屋に消えていったかと思えば、再び扉が開かれ、微かに隙間が生まれる。
その隙間からひょっこり顔を出した美澄が、微かに頬を赤らめて、ジトッとした半目を俺に向けてきた。
「の、覗かないでくださいね……?」
「……お前は俺を何だと思ってんの?」
「一応男の子ですし、興味がないわけではないでしょう?」
「いやまぁ、否定はしないが……隣人の着替えを覗くほど節操なしじゃないぞ」
「あ、あはは……ごめんなさい……」
曖昧に笑ってゆっくりと扉を閉めていこうとする美澄。
そんな美澄に、半ば冗談で一応確認しておくことにした。
「なあ、美澄」
「はい?」
「フリじゃないよな?」
「フリ?」
「いや、だから。覗かないでくださいねという言葉の裏に、覗いてくださいという意味があったり――」
「――しません」
「ですよね」
美澄はピシャリと否定すると、出していた顔を引っ込めて扉を閉めた。
リビングに微妙な沈黙が訪れる。
俺はそんな中一度咳払いした。
そして、テーブルに置いていたティーカップを手に取り、静かに紅茶を飲んだ―――――
◇◇◇
「お待たせしました」
少しすると、そんな声が部屋の扉が開けられると同時に聞こえてきた。
俺はティーカップをテーブルに置き、そちらへ視線を向ける。
すると、茶色のブレザーに、チェック柄が入ったプリーツスカート、胸元には一年生であることを表す赤いリボンという凛清高校の制服を身に着けた姿の美澄が立っていた。
また、ブレザーの合間から僅かに見えるライトベージュのカーディガンと、しなやかなおみ足を包み込んだ黒のタイツが、今の季節らしさを匂わせてくる。
「ど、どうでしょうか?」
「まぁ、似合うだろうなとは思ってたけど、想像以上に似合っててビックリした」
ありがとうございます、と若干照れ気味にお辞儀する美澄。
そして、ゆっくりと俺の座るソファーの近くに歩み寄ってくる。
「で、これから俺は、美澄のスカート丈を見ると?」
「そうですね」
「今のままでも充分似合ってると思うけどな」
「そう言っていただけるのは非常に嬉しいんですけど……」
うぅん、と唸りながら、美澄は自分のスカートを少し揺らして見せる。
スカートの裾が、美澄の膝下辺りでひらりと動いた。
「この長さは何というか……芋臭いです」
「全国のそのスカート丈の人に謝れ」
美澄は曖昧に笑って頬を指で掻き、申し訳なさ皆無の「すみません」を口にした。
「では、今から丈を短くしていきますので――」
「――ちょ、待って。どこら辺に合わせれば良いんだ? 膝丈くらい?」
「そうですね……津城君の好きなところで合わせてもらえれば構いませんよ」
「ミニスカ確定コースだな」
「津城君はミニスカが好きなんですか?」
「いや、冗談だよ。ただ、今のお前の注文だと、そういう風になるかもしれんぞってこと」
「そうですね……なら、取り敢えず膝上くらいまで上げるので、そこから微調整をお願いします」
俺は「りょーかい」とソファーに座ったまま腕を天井の方に持ち上げて、軽く身体を伸ばしながら答える。
すると、美澄は自身のウエスト辺りに手を掛け、スカートを折り込んでいく。
それにつれて、スカートの裾が徐々に上がっていき、黒タイツで覆われた美澄の細い脚が更に現れてくる。
一体俺は何を見せられてんだ、と少し恥ずかしくなってしまった。
特にやましいことは何もないはずなのに、こうして美澄がスカートを上げていっているところをただジッと見ている自分の姿を想像すると、居たたまれない。
「取り敢えずここまで上げてみました。あとは津城君に任せます」
「うぅん……」
美澄の動きに半瞬遅れて、スカートの裾が膝の僅かに上で揺れる。
任せると言われても、ファッション知識に乏しい――というか、ほぼない俺にどうしろというのか。
「ふふっ、そんなに悩まなくても、津城君の好きなようにしてください」
「お前、誤解を生むような言い方をだな……んじゃ、もうちょっと上にしたらどうなる?」
これくらいですか? と美澄はスカートをもう一折りする。
「……なんかさ、俺がスカートを短くしろって言ってるみたいで、凄い罪悪感があるんだが」
「みたいじゃなくて、実際短くしろって言ってますよ、津城君は」
「俺、ヤバい奴じゃん」
俺が羞恥と罪悪に打ちひしがれて頭を抱えているのに構うことなく、美澄は「ほらほら、丈はもうこれで良いんですか?」と催促してくる。
さっさとこの状況から脱したい俺としては、「それでいいや」と言ってしまいたいのが本心だ。
しかし、一度引き受けた頼み事であるし、少なくとも美澄はある程度俺を信用してくれているからこそ、こんなことを頼んできたはずだ。
なら、俺もそれに誠意で応えないといけないだろう。
「よし……ちょっと本気で考えるか……」
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