第10話 お隣さんに付き添って③

 凛清高校の制服と授業で使用するタブレットを受け取るという美澄の用事を終え、学校を後にした俺達は、帰路の途中にある書店に来ていた。


「津城君って本読むの好きなんですか?」


「まぁ、読むのはほとんどラノベだけどな」


「なるほど、噂に聞くオタクというやつでしょうか?」


「わからんけど、アニメ観たりラノベ読んだりするのは好きだぞ。まぁ、グッズを集めたりはしないけどな」


 具体的にオタクの線引きというものがないので、いまいち自分がオタクなのか判断しづらいが、グッズも本気で集めてラノベも数百冊持っているような人もいるので、そんな人達と比べると、自分がオタクを名乗るのは少々おこがましいような気もする。


「そういう美澄はどうなんだ? やっぱ……本とかは読みづらいか?」


 当たり前だが、本は読んで楽しむ媒体だ。


 しかし、美澄はほとんど視力がなく、その当たり前のことをするのが困難だ。


 ――と、そう思ったが、


「いえ、本は結構読みますよ」


 だそうだ。


 一体どうやって、と思ったが、その答えはすぐに美澄が話してくれた。


「書籍だとかなり顔に近付けないと文字が読めませんが、電子書籍なら画面を拡大すればいいですし、音声読み上げ機能などもあるので、意外と何とかなるんです」


「ほえぇ」


 そう話しているうちに、ライト文芸のコーナーまでやって来た。


 新刊と大きく書かれているところに、目当てのラノベが平積みされていたので、俺は何となく上から三番目のものを抜き取る。


 ただ、それにしても周囲の視線が痛い。


 仕方ないといえば仕方ないのだが、美澄は俺の服の裾を片手で摘まんでおり、結構距離が近い。


 傍から見ればやはり恋仲に映るらしく、微笑まし気に暖かな視線を向けてくる老人もいれば、恨みがましく睨んでくる若人もいる。


 美澄には申し訳ないなと思う。


 赤の他人にどう思われようが関係ないのかもしれないが、それでもパッとしない俺なんかと一緒にいてそういう関係に見られてしまっては、美澄の評価も下がるというものだ。


 しかし、どうやら俺がそんなことを考えていたのを、美澄は見抜いていたらしい。


「津城君、私は別に気にしませんよ」


「……お見通しだったか」


「はい、丸見えです」


 そう言って、二人でクスッと笑いを溢す。


「美澄って結構サバサバしてるっていうか、見た目のわりに女っぽくないよな?」


「ちょっと津城君、私は立派な女の子ですよ」


 美澄はムッと不満げに頬を膨らませて、俺の脇腹を小突いてくる。


「ああ、えっと、そういう意味じゃなくてだな。何というか……ほら、きゃぴきゃぴしてないというか、色恋に興味なさそうというか」


 上手く言いたいことを表現出来なかったが、美澄は何となく理解したようだ。


「まぁ、そうですね。地元には同年代の男子なんてほとんどいませんでしたし、神社の娘――巫女としての仕事も忙しくて、あまりそういう機会に恵まれなかったというのはありますね」


 でも、と美澄は少し恥ずかしそうに片手を自身の胸の前で握る。


「私だって、年頃の女の子なんですから、素敵な恋に憧れたりするんですよ……?」


「なんじゃそりゃ」


「なんかこう……あ、運命だ、みたいな感じでしょうか?」


「漠然としてるなぁ」


 俺と美澄は、レジに向かっていく。

 そして、「これお願いします」と言って、一冊のラノベをカウンターに出す。


「津城君はどうなんですか?」


「ん、何が?」


 七百二十円になります、と言われたので、俺は財布から丁度の金額を出す。


「恋愛ですよ。前に街案内してもらった帰り、バスの中で恋愛なんて信じてないとか言ってませんでしたか?」


「ああ、そういやそうだったな」


 レシートと購入したラノベを受け取って、カバンの中に仕舞い込む。


 そして、どこか気の抜けた感じで「ありがとうございました~」と店員の声が背中越しに聞こえてくる。


「全然ラブコメとか読むし、他の人が恋愛してるの見てどうとも思わないけど……」


「けど?」


「……何だろ。俺なんかが恋愛とか現実的じゃないし……恋愛に変な幻想を抱かないようにしてるんだよ」


「もう、またそうやって俺なんかとか言って卑屈になる……津城君の悪い癖だと思います」


「謙虚だと言ってほしいな」


 書店を出て、美澄の歩幅に何となく合わせながら、帰路を歩く。


「……でも、何か理由があるんですよね」


「え?」


「津城君がそうまで恋愛を忌避する理由です」


 思わず足を止めてしまった。

 そして、車道から遠ざけるため、左腕側に歩かせていた美澄に視線を向ける。


 すると、美澄はどこへともなく視線を向けていた。


「私の目が見えなくなった理由、津城君は今話さなくていいと言ってくれましたね。本当に辛くなったときに話してくれればいいと」


「……」


「だから、私も聞きませんよ」


 美澄はそう言って、優しい微笑みを浮かべながら俺を見上げてきた。


「津城君が私に話してもいいと思ったときに、聞きますから」


「美澄……」


 ま、津城君の受け売りですけどね、と美澄は若干気恥ずかしそうに指で頬を掻く。


「美澄、良い奴だな」


「えー、今更ですか?」


「ははっ」


 止めていた足を再び前に踏み出すと、美澄もそれに合わせて歩き出す。


 特に話すこともなかったので、互いに無理やり話題を持ち出したりすることはなかった。


 しかし、別に気まずくはなかった。


 こうして俺の隣に美澄がいるというのが、何だか少し嬉しくて、美澄も同じように思ってくれていれば良いなと、恥ずかしながら思った。


 少しして、マンションのエントランスまで帰ってきた。


 そして、俺が暗証番号を押して自動ドアを開けたとき、美澄が「そうだ」と静かなエントランスに声を響かせた。


「このあと津城君、何か用事あったりしますか?」


「いや、特にないぞ。買ったラノベもいつでも読めるし」


「あの、でしたら、ちょっと手伝っていただきたいことがあるんですが……」


 俺の返答を待つように、美澄は学校で受け取った紙袋を片手にジッと不安げな視線を向けてくる。


「俺で良ければ喜んで」


 そう答えると、美澄はパァと顔を明るくして見せる。


 何の手伝いなのか、その内容さえ聞かずに了承するのは、正直自分でもどうなのかと思ったが、美澄の頼みなら出来る限り聞いてやりたい。


 隣人同士、困ったときはお互い様なのだから――――

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