その顔は知らなくていい

 ただシザーの呪いについて話をしていただけなのに。なぜかルーサーの呪いが発覚した上に、死なないといけなくなった。

 ルーサーは頭を痛く思いながら、棺桶に詰め込まれていた。お世辞にも寝心地はよくなく、ルーサーは心底困った顔で、真剣にルーサーの仮死をするための魔法薬をつくっているアルマを眺めていた。


「あ、あのう……妖精郷に誤認させるって……どうやって」

「ベラドンナの毒で、仮死状態をつくるの」

「……ああ、普通科で真っ先に習う猛毒」

「ええ。魔法薬を勉強していたら、真っ先に習うのは毒薬ね。どれだけ痛い目に遭うかっていうのを知って、毒薬作りを思いとどまらせるための」


 魔法薬で思い通りの薬をつくろうとするならば、惚れ薬や媚薬の類、毒薬の類を真っ先につくろうとするため、普通科の浅知恵を抑え込むために、失敗したときどれだけむごたらしい結果になるかを勉強させられる。

 下手な惚れ薬や媚薬をつくれば、よくて社会的な死、悪くて頭は冴え渡っているのに五体不満足な毎日を送るはめになると教え込まれる。毒薬も下手に処方を間違えれば捕まるし、すぐに解毒できる。浅知恵での実践は百害あって一理なしなのだから。

 その中、アルマは魔法薬を完成させた。コポリと紫色の液体がフラスコの中で満たされ、泡を吹いている。


「……これ、本当に」

「大丈夫。一時間ほど仮死状態になるけれど、すぐに解けるから。麻酔薬や睡眠薬の類だと思ってちょうだい」

「……大丈夫、なんだよね」

「大丈夫よ。私を信じて」


 アルマはルーサーの頬を撫でると、フラスコの先を思いっきりルーサーの口の中に突っ込んだ。ルーサーの口の中は、謎の毒薬で満たされていく。

 まずい。えぐい。苦い。辛い。酸っぱい。甘い。臭い。

 五感がぐちゃぐちゃに侵され、味覚が滅茶苦茶に掻き回される感覚の中、とうとうルーサーは気絶してしまった。


****


 アルマは手にしたベラドンナの毒薬の入っていたフラスコを見ながら、仮死状態になったルーサーを見下ろしていた。

 人のよさそうな顔は、今はまずいと評判の毒薬のせいでぐったりと青白くなり、恐怖で噴き出した汗で、前髪が貼り付いてしまっている。アルマはその前髪を手で梳いてやった。


「……好きな人を殺すのは、堪えるものね」


 たとえ仮死状態だとしても、他の人にその役割を与えるのは嫌で、義父であるテルフォード教授すら追い出してしまった。

 彼を寝かせている棺桶には、アルマの持っている砂鉄という砂鉄が入り、さらにルーサーの寝ている隙間に鉄鉱石の原石がポコポコと埋まっているのだから、寝心地は最悪過ぎるだろう。その中で、アルマは自身の持っている小瓶を弾いた。

 最近はすっかりと小瓶の中に入れられっぱなしのレーシーだった。


【テツノニオイ! イヤ!】


 妖精にとって鉄は猛毒だ。当然ながら抗議の声を上げる。その声を聞きながら、アルマは黙って尋ねた。


「この鉄の量で、妖精は死ぬわね?」

【コンナトコニイタラ シンジャウ! シンジャウ! アルマ ヒドイ!】


 小瓶の中で猛抗議をするレーシーの反応に、アルマは「そう」と気のない返事をした。

 ルーサーに見られなくてよかったと、アルマは心の底から思った。


「……どうして邪魔するの」


 自分の本当の名を奪い、居場所を奪い、初恋すら粉々に砕いた、自分がかつて殺した妖精のことをアルマは思い出していた。彼女の持つフラスコは、彼女の怒りで力が篭もり、ひび割れて彼女の手からは血が溢れていた。その血をルーサーの顔にポタポタと落とす。


「私は奪われるだけ奪われた。もう取り返したくっても取り返せないと、家族すら諦めた。でも……ルーサーは駄目。彼だけは駄目。どうして彼まで奪おうとするの」


 優しい義父。気のいい幼馴染。仲のいいルームメイト。新しいアルマの人生が、なにも暗黒に閉ざされていた訳ではない。楽しく和やかだと思っている。

 だが。もう戻れない時すら蹂躙して粉砕してもいい訳ではない。アルマにとってルーサーはそれだけ大切な人だった。

 妖精に呪われ、女難の相を付けられ、そしてこのままだと彼の初恋すら叶わない。

 アルマからしてみれば、いい加減にしろと怒りを向けるに等しかった。

 彼女は血塗れの手で、宙に手をかざして魔方陣を描いた。


【いい加減にしなさい。私は絶対にあなたを許さない。○○○○……!】


 妖精語で屈辱的な言葉を名付けた妖精。アルマが殺してやると殺した妖精。

 かつてのアルマの本名、ラナを奪った妖精の本体を、妖精郷から無理矢理引きずり出そうとしていた。


 今度こそ、跡形もなく殺してやると殺意を込めて。

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