唐突な訪問
ルーサー視点では、テルフォード教授は教科書の人であり、アルマの養父であり、なんだか存在しているすごい人という印象だったが、こうやってアルマの個室に押しかけてこられて、どう反応すればいいのか迷っていた。
一方テルフォード教授は、ルーサーを遠慮なくジロジロと眺めているのに、たまりかねてアルマが声を荒げた。
「教授、あんまり恥ずかしいことをしないで。ルーサーに悪いわ」
「ああ! すまないねえ! アルマと仲良くしてくれてありがとう!」
「もう! そうじゃないったら! ごめんなさいね、ルーサー」
「う、ううん。こっちも驚いていたから」
ルーサーはおずおずとテルフォード教授を見上げた。
魔法使いは基本的にアルマのように個室で論文を書いているものだと思っていたが、彼は常日頃からフィールドワークに出かけているだけあり、肩幅は広くローブを羽織っていてもその下から胸板が分厚いのがわかる。まるで格闘家のようだと驚いてしまう。
「それで、あのう……もしもアルマに用でしたら、僕は帰ったほうがよろしいですか?」
「いいや、アルマに会いに来たのはもちろんだけれど、今日来たのは君のほうだからねえ」
「僕、ですか?」
「いやねえ」
ルーサーのほうを、テルフォード教授はにこにこしながら見つつ、手に持っているものを見せた。手にはダウジング。魔法の中でも調査によく使われるそれは、あからさまにルーサーを差していた。
「たしか君は入学直前まで、妖精に呪いを受けていたね?」
「え、あ。はい」
「それをうちの娘が助けて、その妖精は石化したと」
「はい……」
あの事件のおかげでアルマに再会できたようなものだが、幼馴染を取り違えて覚えていた恐怖、自分も含めて町の人々全員の記憶を勝手に塗り替えられた恐怖。妖精の魔法の力のおそろしさを思い知ったあの事件は、ルーサーにとってもとてもじゃないが忘れられるものではなかった。
その中、テルフォード教授はちらりとアルマのほうを見てから、もう一度ルーサーのほうを見た。
「どうにもねえ、君。妖精の生前にかけられた呪いは、うちの娘のおかげで解呪できたのだけれど」
「あっ、はい」
「ただ妖精が死ぬ直前にまた呪いをかけられたみたいでねえ……」
「……えっ!?」
「教授! それは……」
アルマの焦りようを見て、ルーサーは思い知った。
どうもアルマも本気で気付かなかったようなものだ。彼女は妖精学に長け、毎度のようにアルマとルーサーは会っていたのに、それでもなお、テルフォード教授の指摘がなかったら気付かなかった。
幼少期の町ひとつ妖精によって記憶が勝手に書き換えられたことを思い返し、ルーサーはぞっとしている中、テルフォード教授は続けた。
「うん。恋愛の不成就の呪いだ」
「えっ!?」
今度はアルマとルーサー、同時に声が出た。
思い返せば、思い当たる節が多かった。
やけにルーサーの周りの女学生ばかり問題が発生し、そのたびにルーサーに声がかかる。魔女学専攻の一般人出身の魔法使いは、なにもルーサーだけではない。他にもいるはずなのに、なぜかルーサーばかりが声をかけられていた。
アルマといい感じになったところで、何故か唐突に邪魔が入る。ふたり揃って「まあいっか」と流していたが。
それが妖精の呪いだったとしたら。それが妖精が死んでもなお邪魔しようとかけたものだとしたら。
アルマが指を噛んだ。
「……妖精の死を使った呪いなんて、ほとんど解呪不可能じゃないですか」
「うん、普通に考えるとそうだ」
「待ってください!? そんなの、聞いてませんけど」
ルーサーは思わず悲鳴を上げた。
それに取り乱したアルマが、ピンピンと跳ねた癖毛を撫でつけながら解説を足した。
「大昔から、命をかけての呪いというのは、解呪が難しかったわ。ましてや妖精の場合は、妖精郷から影だけを派遣してきて、それを名付けの魔法を使って石化させているのだけれど……」
「うん。妖精郷から出ている影はそれで殺せる。その瀕死の際に使う呪いだねえ。その呪いはまだ完全に至ってないんだけど」
それにはルーサーはほっとする。
彼は呪われたせいで、四六時中女子に付きまとわれ続け、危うく人死にすら出かけたのだから、第二の人死に未遂はごめんだった。
その中、テルフォード教授は続けた。
「このままだと成就してしまうから、どうにかせねばならないのだけれど」
「ど、どうしたらいい? もし彼に第二の呪いが発動したのならば、私のせいだから……」
「まあ、あのときはアルマ以外に妖精と彼に染みついた因縁を断ち切れる魔法使いはいなかったし、下手な方法で呪いを沈静化させていたら、余計に悪化したおそれがあるから、その場では最善だった。それが最良じゃなかっただけで」
テルフォード教授に言われた言葉で、アルマはさっと頬を赤らめる。彼女なりに屈辱と後悔を感じているのだろう。
それに胸が痛みつつ、ルーサーは「教えてください」と言った。
「どうすれば、この呪いを解呪できますか?」
「うん。まずは君が死なないといけないね」
「はっ?」
ルーサーは言葉を失った。
アルマはしばらく考えてから、「ああ」と言った。
「つまり、妖精郷に彼の死を誤認させなければいけないんですね?」
「うん。この呪いは妖精郷から発しているから、魔力の供給源からの因縁を断ち切らない限りは消えない。だからこそ、一旦ルーサーくん。君を妖精郷から死んだと誤認させなければいけないんだ」
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