自由と伝統
ヘザーの言葉に、ルーサーは困る。
ルーサーは一般人であり、どう足掻いてもヘザーの葛藤はわからなかったのである。
「その……自由っていうのは?」
「だってあたし、魔女学受け継がないといけないし」
「……その。魔女学は既に、なんの発展性もないって聞いたけれど」
ルーサーは我ながら失礼な質問だとは思いながらも、聞かずにはいられなかった。それにヘザーが「ふんっ」と鼻息を立てた。
「それでも、やんなきゃなんだよ」
「……矛盾してない? 君が授業を受ければ済む話なのに、君が嫌だと言って授業をボイコットしておきながら、その口で実家の魔法を受け継ぐっていうのは……」
「だって。魔女学の授業内容全般、既にうちで終わってる奴だから、オズワルドで復習するようなことなんて、なんもないんだよ」
そう言われてしまうと、ルーサーはもう答える言葉が見つからない。
「僕はこれ以上、君になにも伝えられないけど」
「まあ、とにかくありがとな。これであたしは自由と引き換えに虫の呪いと戦うってこった。ああ、ヤダヤダヤダ。保守的な大人はヤダねえ!」
ヘザーが拗ねてしまう理由もわかったが、ルーサーは困り果てた末に、結局は帰ることしかできなかったのだ。
****
氷砂糖を紅茶に溶かす。ふわりと漂う匂いスミレの香りで、紅茶がいつにも増して華やいだ香りを放っている。
その紅茶を飲みながら、ルーサーはアルマに事の顛末を話した。その話を聞きながら、アルマは首を振ったのだ。
「……ごめんなさいね、私はこれに回答する言葉が見つからないわ」
「僕もヘザーになんと言えばいいのかわからなかったんだ。魔法使いの家系って、魔法や妖精、いろんなものに対して詳しいって思っていたけれど、結構不自由なんだなあって、考え込んでしまったよ」
「そうねえ。私たちの中では、ジョシュアくらいしか実家の家業を丸々引き継ぐ魔法使いはいないものね」
アルマはそう言いながら、ひとつ紙包みを差し出してきた。それにルーサーは目をぱちくりとさせる。
「これは?」
「クッキーを寮母さんが焼いてくださったの。ちょうどスミレの香りの紅茶に合うものだから」
「へえ……いただきます」
アルマが差し出したクッキーにはローズマリーが練り込んであり、サクリと歯ごたえと一緒にバターの香りとローズマリーの清涼感のある香りが鼻を抜けていく。それは華やかなスミレの甘い香りとはまた違い、互いの香りが邪魔をせず、むしろ互いの香りの中から甘みが沸き立つという、不思議な味わいがあった。
ルーサーはその味わいを不思議がりながら食べている中、アルマもまたクッキーをひとつ食べながら、話を続けた。
「魔女学はたしかに発展性は全くないわ。だって既に発展し終えたあとのものだもの」
「ええっと……魔女学は魔法の基礎中の基礎だとは聞いていたけれど……」
「魔女学の薬草をつくるときの考え方は、占星学にも通じるし、錬金術にも繋がっているわ。星の位置、月の位置、太陽の位置を魔法の力として換算する考えは召喚術や降霊術のも影響を及ぼしているし……いわば日常生活を送るための文字と同じ。使い続けないといずれ土台からなかったことにされかねないもの」
「え……大袈裟ではなくて?」
「そうとも言えないわ。言葉のなかった時代のものは、どれだけこちらが解釈を加えたとしても、はっきりとしたことがわからないんだもの。だからこそ、その時代の文明はなかったことと同じにされた。そういう風な悲劇はいくらでもある。魔女学もそれは同じ。なかったことにされてしまったら、魔法自体が消えかねないの」
ルーサー視点では、それは途方もない話のように思えた。
「僕、魔法についてそこまで考えたこともなかったなあ」
「ええ。たしかにヘザーのサボリ癖は目に余るから、なんとかしたくて呪いをかけたっていう教授たちの気持ちもわかる。でもヘザーが抱えているプレッシャーは誰も肩代わりすることができないもの。だからルーサーがなにも声をかけられないっていうのも理解できるわ」
「でもこれってさ、なんの解決にもなってなくない?」
「ええ。本当に」
アルマは遠くを見た。
「かつて貴族は一子相伝で、長子以外には爵位も領地も財産も与えることがなく、次男以降はひとりでなんとかしなくてはいけなかった。中には落ちぶれてしまった人だっている……でも、今はそんな時代じゃないのよ。ヘザーの問題だって、ひとりで抱えきれるものじゃないんだから、オズワルドが魔女学をやっている以上、少しは請け負うべきなのよ」
「そうだねえ、私もそのほうがいいと思うが」
唐突に割り込まれた言葉に、ルーサーは目をパチクリとさせた。
アルマの部屋にノックもなく入ってきた、筋肉隆々の大男。ひょうきんな表情を浮かべているその人を見て、思わずルーサーは口を開けてしまった。
アルマはそちらをちらっと見る。
「教授、ここは私の個室です。せめてノックぐらいしたらどうですか」
「ハハハハハ、つれないことを言うねえ! いやね、最近娘が男子学生を個室に連れ込んでいるっていうから気になってね! それに我が家に来たみたいじゃないか!」
「えっと……テルフォード教授。こんにちは……僕は」
「ルーサーくんだったね! うちの娘と仲良くしてくれてありがとう!」
ルーサーは唐突なテルフォード教授の出現に、目を白黒とさせた。
快活な言葉に裏が全くないのか、それとも愛娘に近付く虫として牽制に来たのか、今のルーサーにはさっぱりとわからなかった。
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