図書館での調べ物

 ルーサーは図書館で勉強はあまりしない。

 図書館の本棚がたくさんあって迷子になる上に、魔法関連の本は司書に頼まなければ自力で探し出せないからだ。禁書棚は基本的に特待生でなければ近付くこともできないが、ルーサーはそちらのほうには足を向けない。

 ルーサーはアルマがくれたヒントを元に、本棚を探していた。


「なにを探してらっしゃいますか?」


 司書に声をかけられ、ルーサーは振り返った。

 オズワルドの司書たちは、ほとんどはオズワルドやよその魔法学院卒業している、一介の魔法使いだ。その上禁書の対処もできるような、なかなかの剛の者たちだ。

 ルーサーは会釈をしながら「ええっと……」と口を開いた。


「恥ずかしい話、自分は一般人出身の普通科出でして」

「はい」

「……魔法使いたちが一般的に知っている常識が抜け落ちてまして……できれば魔法使いが小さい頃に読み聞かされている本を探したいんですが……」

「ああ、魔法使いの童話ですね。こちらどうぞ」


 司書は会得したように、迷いのない足で案内してくれる。それにルーサーはとことことついていった。

 童話コーナーは子供の乱暴な本の扱いに耐えうる丈夫な皮装丁に分厚めの紙でつくられており、内容は一般人向けの教訓めいた内容から、ただ楽しく冒険しているものまで様々だった。

 ルーサーはひとまず童話コーナーの本をあらかた借りてきて、一冊ずつ読みはじめた。

 絵本には魔女学で習うような星の位置や太陽の位置、月の位置まできっちり測る魔法薬のつくり方が普通に書かれていて、なるほど幼少期から既に魔法使いたちは知っているのはそのせいかと納得しながら、次々と読み進めていく。

 魔女学で習うような驚くこと以外にも、妖精や亡霊の習性、その土地に住まう未知のものの対処など、他の学科でも基礎教養の段階では既に習わないような話まで出ていて、それが出るたびにルーサーは驚き、思わず手持ちのノートに書き留めるほどだった。


(すごいな……アルマは基礎教養として習うことすら教えてもらえず、魔法使いの世界に飛び込んでいたんだ……)


 アルマの孤独と不安を思うと、ルーサーの胸も痛むが。今はヘザーの問題が先だった。

 次に読みはじめたのは『怠け者に付ける薬』というタイトルの話だったが。


「……うん?」


 そこに書かれていた内容に、思わずルーサーの指が止まった。

 最初から最後までじっくり読み、そして思わず眉間の皺を揉み込んだ。

 ……アルマがどうして「魔法使いだったら関わらない」ときっぱりと言い切り、今回はヒント以外一切の助けをしてくれなかったのか、ようやっと理解ができたからだ。


「……ヘザーは僕と違って魔法使い家系なのに……どうして知らなかったんだろう」


 頭を抱えながら、ひとまず本を全て元の場所に返す。一部の気になった本は司書に貸し出し申請を済ませると、ヘザーに会いに行くことにした。

 これで普通に対処ができるといいんだが。そう思いながら。


****


「……ヘザー、一応君の言っていた虫が湧いた対処法、わかったんだけど……」


 彼女を捜し出すのに、ルーサーは相当苦労した。

 オズワルドに通っていて、ここまでサボリ癖のある人物には初めて出会った上、こんな寒い中でも外でサボろうとする、サボリ癖に関しては気合いが入り過ぎているのだ。

 ヘザーはどこでもらってきたのか、温かいホットチョコレートを飲みながら、ルーサーのほうに小首を傾げた。

 雪の積もっている中庭では、彼女の赤い髪がよく映えた。


「どうすれば湧いてる虫なんとかできんだよ……これのせいでぜんっぜん眠れねえから、昼寝しねえと睡眠が足りねえんだよな」

「それ、夜は眠れないんじゃ……」

「うるせえな。で? 対処法は?」

「それなんだけど」


 ルーサーは借りてきた本の一冊を取り出すと、ページをめくった。

『怠け者に付ける薬』。ルーサーが一から十までじっくりと読んだ本である。


「僕はこの絵本、読んだことがなかったんだけど……ヘザーは読んだことある?」

「ねえな。あたし、実家の魔法覚えるのに精一杯で、その辺の絵本はぜんっぜん読んだことがねえ」

「ああ……通りで」


 魔女学は古ぼけた魔法とは言われているが、歴史は深く長い。それを全部覚えないといけないとなったら、たしかに寝る前に絵本を読んで寝かしつけるという習慣もなくなるだろう。だからこそ起こった悲劇か喜劇なのだが。


「プーカプーカ、子ヤギのプーカ。あいつはいっつもサボリ癖」

「なんだそれ?」

「司書さんに読み方を聞いた。絵本の読み方」

「ふーん」

「プーカプーカ、怠け者。朝はグースカ寝てばかり、夜は星見て遊んでばかり。プーカプーカ怠け者。ある日とうとう死んじゃった」

「死んだのか」

「プーカプーカ、朝起きた。角が生えてて毛むくじゃら。子ヤギになったプーカ、毎日お仕事大変だ」

「……死んだら山羊になったのか?」

「最後まで聞いて。プーカプーカ、怠け者。怠け者はプーカになるぞ。サボっていたらプーカになるぞ……調べてみたけれど、一節ではプーカは夢魔みたいで、学校に適当に召喚されて放置されてるみたいなんだ」

「妖精の類は召喚科の管轄じゃなかったのかよ」

「そうなんだけど……そのう……一定数授業に出ない生徒は、そのプーカの呪いにかかるみたいで」

「……はあ?」


 ヘザーにすごまれ、ルーサーは肩を跳ねさせながら、ローブの下に入れているアルマからもらった小瓶を撫でた。まだ食べていない氷砂糖を頭に思い浮かべながら、どうにか話をする。


「夢魔は基本的に悪夢を見せるから……最近虫が湧いているように見えているのも、多分悪夢の一種だと思う」

「……理屈はわかったけど、これって対処できんだろうなあ?」

「対処法は、普通に。授業に出たら勝手にプーカの呪いが切れるようになっているみたいで……」

「はあ!? くっだらねえことしてんのなあ、オズワルドも」

「あ、あのう……ヘザーはどうして、そこまで授業を受けたくないの……?」


 ルーサーからしてみれば、そこまで気合いの入ったサボリ方をしている人物にも、呪われてもなお反骨心が折れていないのも、さすがに理解ができなかった。

 ヘザーはルーサーを一瞥したあと、「フンッ」と鼻息を立てた。


「決まってんだろ。あたしが自由なのはオズワルド在学中だけだし」

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