魔法使いは関与しない
ヘザーに頼まれた言葉に、ルーサーは念のため魔女学科の教科書を読み返したが、特に該当するような内容を見つけられなかった。
「基礎教養のところには該当する内容はありませんけど」
「ならこの虫が湧いてるのなんなんだよう」
「そう言われましても……僕にはヘザーに虫が湧いているようには……」
「ああんっ! かゆいっかゆいっかゆいっ!」
ヘザーが真っ赤な髪をバリバリと掻きむしるのに、ルーサーは困った顔で見ていた。
(虫が湧いている幻覚を見せられているってことなのかな……基礎教養にはないってことは、呪いの類……でもヘザーは呪い除けの小屋に行きたがらないしなあ……)
解決法が見当たらず、結局ルーサーは「知り合いにその手の詳しい人がいるけど、その人に会いに行くのは?」と提案したが、ヘザーは「やだっ! だってそいつ、絶対優等生とかじゃん!」と突っぱねられてしまい、結局はルーサーひとりで聞きに行くしかなかったのである。
(アルマにまた嫌な顔をされそうだなあ……)
ルーサーはその気は全くなくとも、相談に乗る相手相談に乗る相手が全て女学生だったら、さすがにアルマに愛想をつかされても仕方があるまい。
ルーサーは大きく溜息をついてから、既に何度も通い慣れているアルマの個室の扉を叩いた。
「はい」
いつものアルマの優等生な返事が来た。それに「アルマ? ルーサーだけれど」と返したら、一拍してからアルマが部屋から出てきた。
「寒くなかった? 魔女学科は今の時期、外の実習が多いでしょう?」
「ああ、大丈夫。今日は教室での座学だったから。少し相談に乗ってもらってもいい?」
「あら、あなたまた誰かに相談に乗ってくれって頼られたの」
「なんでだろう。僕は一般人に毛が生えたばかりで、別に解決できるほどすごくはないんだけど……」
「むしろそれのおかげでしょうね。あなたには魔法使い特有の迫力がないから、一般人やそれに近い人が萎縮しない」
そう言われれば、たしかに相談しにやってくる人々は、揃いも揃って一般人出身やそれに準じる人だ。今回のヘザーの場合はれっきとした魔法使い家系の人間だが、魔法使いたちの性分をわかっているせいか、苦手視しているようだった。
アルマは個室で紅茶をつくると、今日は氷砂糖を添えてくれた。氷砂糖には香りが移してあるらしく、スミレの高級な香りがした。
紅茶にスミレの香りを添えながら、ルーサーはヘザーから聞いた話をできる限り正確に伝えた。
最初はアルマは真面目な顔で聞いていたが、だんだん。本当にだんだんと目が細まっていった。
最終的にルーサーが「一応僕の持っている教科書で確認はしたけれど、基礎教養の部分にはそんな呪いは見つからなくって……アルマ?」と言った頃には、彼女は論文に戻ってしまっていた。
ルーサーはアルマがここまで素っ気ないのを初めて見ると、困った顔をしていた。
学生たちがエインセルの件でやらかしたときも呆れ返った態度を示していたが、それに似た態度を取っていたのだ。
「それねえ。一応私も正解は知っているけれど、基本的にこれで魔法使いが手を貸すことはまずないわ」
「えっ? でも……基礎教養の部分には、なんにも」
「これはね、エインセルの件と一緒。魔法使いにとっては基礎教養のパートですら習わないほど一般的なことなの。その人、わかってルーサーを使っているなら底意地が悪いし、本気でわかってないんだったら相当なおバカよ」
「おバカって……」
アルマがそこまで直接的な悪口を言うのは珍しかった。いつもはもっと皮肉が長い。
ルーサーが困った顔のまま固まっているのに、アルマは少しだけにっこりと笑った。
「……でもルーサー。あなたにはヒントをたくさん与えたから、わかると思うわ。頑張ってこの謎を解明してちょうだい」
「一応確認するけれど、これは僕でもわかることなんだね?」
「ええ、もちろん。あなたは基礎に忠実な人。基礎が忠実な人は、方法も忠実なはずよ。頑張って」
そう言ってサービスとばかりに、小瓶に香りを移した氷砂糖を数個ほどばかり恵んでくれた。
ルーサーは紅茶をいただいてからアルマの個室を出ながら、エインセルの件を思い返していた。
(たしか……エインセルの件は魔法使いだったら子供の頃からずっと聞かされている話……だったんだっけ? 基礎教養はあくまで実践の部分の基礎教養であって、魔法使いの幼少期に聞かされている昔話みたいなものは、たしかにカットされている……)
そう考えたら、魔法使いだったら誰もが知っている昔話を片っ端から当たるしかない。
ルーサーの足は、自然と図書館に向かっていた。
オズワルドの図書館は、魔法使いの資料だけでなく、授業のために使えるもの、一般人ならまず知らないような昔話まで、司書に聞けば魔法に関する本はなんでも出してもらえるはずだ。
最近は禁書の類で問題も起こっていないし、大丈夫だろうと、そう思うことにした。
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