悲鳴の主

 その日もルーサーは魔女学科の実習をしていた。計量通りの薬草を千切り、時には包丁で千切りにし、水に入れて火にくべていく作業だ。

 星の位置、日の位置を確認しながらなため、星座図や日時計を何度も確認しながらの作業であり、普通科にいたときよりも明らかに工程が増えている。その分精度の高い魔法薬ができる訳だが、教室で日時計や星座図を抱えてうろうろする学生たちは、傍から見るとシュールである。

 どうにか日時計で日の位置を確定させたルーサーは急いで鍋を動かして、下に薪と種火を放り込んで焚きはじめた。長い棒で鍋をぐるぐると掻き回す作業は、絵本にも描かれている魔法使いの作業そのものである。

 ルーサーはぶくぶくと鍋が煮立っていき、匂いが際だったところで次の工程に入ろうと鍋を日から降ろそうとするとき「うん?」と窓の外の気配に気付いた。

 今日は日中は比較的暖かく、夜に積もっていた雪もすっかりと溶けている。その中庭を、人参のように頭の赤い女学生が背中を丸めて歩いているのが見えたのだ。サボリにしては真冬の中庭でサボるのはあまりにも気合いが入っている。


「あの先輩……寒くないのかな」


 ルーサーは訝しがりながらも、次の工程として金粉を魔法薬に振りかけた。金は全ての魔法を通さない力があり、金粉で魔法薬の原液の表面を覆うことで、魔法薬の魔力の凝縮がはじまるのだ。

 外からだと凝縮の工程が見えないため、ただ火の弱さを変えて、匂いや水位で確定させるしかない。

 ルーサーは魔法薬の工程に神経を研ぎ澄ませたせいで、中庭でサボっている女学生がルーサーをじっと見ていたことに気付かなかった。

 彼はどうにも、一度妖精に呪われたせいなのか、女難の相が未だに抜けきってはいない。


****


 魔法薬を教授に提出すると、「君、本当に一般人出身?」と感嘆の声を上げられた。

 そういえば簡易エリクシールをつくったときも、ジョエルにやけに褒められたことを思い出し、ルーサーは少しだけ自信を深めた。

 次の授業までまだ時間があるため、少し食堂で休憩をしようか。そう思いながらルーサーは冷え込んだ廊下を早歩きで歩いている中。


「おい、後輩」


 知らない声を投げかけられても、一瞬ルーサーは自分のこととわからなかったが。


「そこの魔女学科の一年、止まれ」


 そう言われて初めてルーサーは振り返った。

 実習中に見た覚えのある人参のような赤い髪の女学生だった。雪焼けなのか頬は赤く、そばかすもポツポツと浮かんでいる。


「あのう……僕になんの用でしょうか?」

「お前一年だろう? そして魔女学科だろう? あたしよりも授業受けてんだろう?」

「え、ええっと……後輩って言ってるってことは、先輩なんですよねえ……魔女学科の方でよろしいですか?」

「おう。あたし、ヘザー。ヘザー・ローナン」

「あれ……ローナン?」


 全く見覚えのない先輩から聞いたローナン姓には覚えがあり、ルーサーが目を瞬かせていると、ヘザーが答えた。


「教科書にうちのご先祖の名前載ってんだろ。ローズ・ローナン。魔女学を学問にした魔法使い」

「あっ、ああ……!」


 どうも彼女は既に古ぼけて発展性がないと称されている魔女学を学問として定義した魔法使いの家系らしかった。


「そんなすごい人が授業に出なくって、大丈夫なんですか?」


 余計なお世話とは思いながらも、ルーサーは言わずにはいられなかった。周りの先輩たちが比較的真面目だというのもある。

 それにヘザーが嫌そうに答える。


「授業に出ると、教授がなにかと全く覚えのねえ先祖の話ばっかり振ってきて鬱陶しいんだよな。家業だから嫌々オズワルドには籍置いてるけど、授業に出る気はねえぞ」

「は、はあ……そんな人が、僕に本当になんの用で……」

「ずっと頭が湧いてるから、なんとかして欲しいんだよな」

「はあ? はあ?」


 ヘザーから言われた言葉に、ルーサーは一瞬意味がわからなかった。ヘザーが忌々しそうに唇を尖らせる。


「なんか知らねえけど、頭に虫が湧いてるような気がすんだよなあ……魔女学だとそんなのないし、妖精か呪いの類いかもわかんねえけど……」

「呪い除けの部屋に避難っていうのは……」

「それは教授に捕まるからパスっ! 頼むっ、なんとかしてくれ!」


 いきなりヘザーに頼まれ、ルーサーは困ったようにヘザーの人参のような赤い髪を見た。長いのが煩わしいのか、それとも彼女が言ったように虫が湧いたせいなのか、彼女の髪はハサミでギザギザに短く刈り取られていた。下手くそな素人の散髪だとありがちだ。

 その濃い赤毛に虫が湧いているようには思えず、ルーサーはただただこの珍妙な依頼に首を傾げてしまったのだ。

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