怠け者に付ける薬

冬の授業と相談者

 冬は魔法使いたち的にも特別な季節らしい。

 星の巡りを観測に出かける人々、新しい召喚陣を産み出す者、幻想動物の研究を行う者、様々いる。

 ルーサーは「寒い寒い」と言いながら、今日もアルマの個室に着ていた。アルマも寒いらしく、今はローブの上から膝掛けをかけて温まりながら羊皮紙で論文を書いていた。

 アルコールランプで淹れられた紅茶は、寒くないようにとジンジャージャムをたっぷりと加えられ、それをルーサーはありがたくもいただいた。


「ありがとう……冬ってもっと閉じこもってじっとしているものだと思っていたけれど」

「そうね。春は命が動き出す時期だから、今の内に準備を進めておかないと間に合わないのよ」

「うん……?」


 ルーサーはジンジャージャム入りの紅茶を飲みつつ、首を傾げた。アルマもまた紅茶をひと口飲みながら、話を続けた。


「春は動物が生まれる季節でしょう? 種蒔きも主にこの季節に行われるし、花が咲き始めるのもだいたいこの季節ね」

「そうだけれど……魔法使い的に意味ってあったっけ?」


 普通科の授業を思い返すルーサーだが、教科書にはそのような記述はなかったように思える。それにアルマは「そうねえ、普通科の、特に魔法使い入門のところには書いてないかもねえ」と答えた。


「基本的に春は春の大祭があるから、それに合わせて用意しているの」

「えっ……春の大祭?」


 ルーサーは聞いたことない話に目をパチクリとさせた。それにアルマは頷いた。


「魔法使いじゃなかったら意識しないけどね、春の種蒔きの季節になったら、春が来たことを感謝して、乳製品をいただくの」

「それが魔法使いの行っている春の大祭……?」

「大昔は魔法使いも迫害されていた時期があるから、大々的には行わず、領主に見つからないように祝っていたの。その名残で、冬の間に大祭の準備を進めておくのね。領主に見つからないように」

「あ、ああ……」

「その名残のせいで、冬の間だったらどれだけ魔法の研究を行っても領主には見つからないと、いろいろやってたらしいのよ。雪崩が起きても雪のせいにできるし、幻想動物が暴れても雪で見えなかった気付かなかったで誤魔化しが利くから。実際に雪のせいでどれだけ魔法使いを毛嫌いしている領主であったとしても、むやみやたらと魔法使い狩りができた試しはないから」

「たしかに……これだけ寒かったら暖炉の前から動きたくなくなるものね」


 魔法使いにとって、雪は敵であるのと同時に、かつての敵を欺くための味方でもあったらしい。だから魔法使いたちは春の訪れを待ちながら、冬の間に魔法の様々が行事を行うのだ。

 それに一種の神々しさを感じながら、ルーサーは「ところで」と尋ねた。


「それは理解できたけれど……ところでアルマ、聞いてもいいかな?」

「あら、今度はなにかしら?」


 そう言いながらアルマは優雅にお茶を飲む。

 湯気がほこほこと立ち上るのを眺めながら、ルーサーは校外学習から帰ってきたばかりの日のことを思い返しながら言う。


「魔女学科では真夜中に薬草採集する日があるんだけれど」

「そういえばそうね。薬草は冬の冷気を溜め込んだものが一番魔力があるから。魔女学科の実習には頭が下がるわね」


 アルマはそう言って頭を下げた。

 実際、魔女学科採集して乾かしたものは、校内の学生や教授は誰でも使っていいのだから、お世話になってない者などいない。

 アルマに頭を下げられ、ルーサーも思わず下げ返しながら続けた。


「それで……手が痛い寒い冷たいって、暖炉で温まってから寝ようとしたとき、叫び声が聞こえたんだよ」

「あら? 穏やかではないわね」

「うん……なんなのか確認できなかったから、見てなかったんだけどね。あれはなんだろうと」

「……冬の間は本当にどこの学科も夜間実習が詰め込まれているから、それだけじゃわからないわね?」

「うん……そうなんだ」


 あの声の主は結局大丈夫だったんだろうか。ルーサーがぼんやりとそう思っている中、アルマは紅茶のお替わりをつくると、黙ってルーサーのカップにも注いだ。


「ジンジャージャムおかわりいる?」

「いる」

「はあい」


 アルマにたっぷりとジンジャージャムを注いでもらいながら、ルーサーは「ありがとう」とカップを受け取った。


「でもルーサー、あなたジョシュアにも警告されたでしょう? 魔法使いは助けを求められない限り、むやみに助けちゃ駄目よ?」

「それはわかっているよ。あの人が困ってないか心配なだけで」

「……なんでもかんでも自己責任とは言わないけどね。オズワルドはじめ魔法学院が魔法の素養のある一般人にも門徒を開いた理由については考えてほしいわね……最低限の魔法知識を覚えて帰らないと、オズワルドを卒業しても意味がないのだから」


 それにルーサーは黙った。

 忘れられ勝ちだが、オズワルドはじめ魔法学院が魔法使いの家系以外の人間を集めはじめたのは、全面的な魔法使い不足のせいだ。

 本来は一般人を守るためのものだったはずの禁術法は、まともな議論がないまま出来上がり、それが原因で昔ながらの魔法使いたちが「付き合ってられない」と行方をくらませ、魔法の資料や呪いの解呪方法などを持っていってしまった。それ故に一般人では対処できない魔法案件を解決できる人たちが大幅にいなくなってしまったのである。

 ルーサーのような人間が、魔法使いにも一般人にも必要なのだ。一般人の感性のまま、魔法の知識を持っている人間が。


「僕、上手くやれているかな」

「さあね。それを決めるのは私ではないから。でも、あなたがここに来てくれてよかったと私は思っているわ」


 アルマにふっと笑われ、ルーサーも釣られて笑った。

 あの声の人がまだ困ってないといい。そうルーサーは思いながら紅茶をすすった。

 冬の朝の暇の話である。

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