仲介人 -5
「はい、以上が種明かしでした! そんなことか、とか言わないでくださいよ? 分かってしまえば『なーんだ』となるのは世の常です」
「待て。それで終わりか?」
「ええ、それ以外に何か?」
慌てて聞き返した結弦に薄笑いの表情のまま答えるカモちー。その背後では、男たちが下ろしていた得物を再び振り上げていた。
「よく分からんが、つまりそいつの口を割らせるしかないってことだろ」
「結局やることは同じじゃねえか」
そう。彼らにしても、菖蒲が持っている『道草』は命綱だ。菖蒲に待っている結末になんの違いもない。むしろ目的意識がはっきりしただけ悪いとも言える。
先ほど人間の域を超えた動きを見せた少女に助けを求めてみるが、「戦えないんですってば」と笑うばかり。となれば、ここで動けるのはただひとり。
「……一度だけ言う。これ以上、四条先輩に近づくな」
勝算などない。
殴り合いのケンカなど久しくしていない。空手や柔道もやっていなければ、相手を思いのままに操る行動心理のスペシャリストでもない。それでも、結弦は男たちの前に立ちはだかるしかない。さっきまでとのただひとつの違いは、自分がいることと理解したから。
「うぐっ」
「次は頭をやる。どいてろ」
間髪入れず、右肩を襲う痛みにうずくまる。男気に免じてだとか、そういうことを少し期待していた自分を内心で嘲笑ってもう一度立ち上がった。
「おいおい」
「言っておくが、俺や四条先輩を痛めつけても無駄だ」
「あ?」
必死に頭を回転させる。痛みで霞む脳を叱りつけて思考を巡らせる。
「四条先輩にとっても『道草』は貴重品だ。意味もなく一〇人分以上も持ち歩いたりはしない。たとえ一個や二個を奪い取っても、結局はあんたらの間でまた取り合いになるだけだ」
「だとしても、まずはモノが無いことには始まらねえだろうが」
「ここは妖怪たちの世界だ。ただでさえ弱い人間がお互いに争っていれば、つけこまれて文字通り食い物にされるだけ。あの娘の動きを見ただろ? 俺たち人間とは生き物としてのスペックから違うんだ。それともその角材で鬼退治する自信があるのか?」
「それは……」
「助かる方法はひとつだ。全員で協力して、人数分の『道草』を手に入れる。違うか?」
男たちが黙り込む。結弦の正しさを認めたというよりも、十六歳の高校生に気迫で押されている。
「カモちー」
「えっ、はい」
他人事のように結弦の演説を聞いていた少女も、突然に振られて背筋を伸ばした。
「なんでもは知らないって言っても憑路に住んでるんだよな? なら『道草』がどこで手に入るかくらいは知ってるんじゃないか?」
「なるほど、助かるために僕も利用しますか。なかなかの食わせ者ですね、憑路だけに」
「カモちーのご主人、夜乃は憑路に愛着があるんだよな? このまま四条先輩や俺にもしものことがあって、死体が転がったりしたらどう思う?」
「それはいけません。食べ物を売る場所は清潔でないといけませんからね」
「なら……!」
「しかし困りました。僕はなんでも知ってるわけじゃありません。『道草』なんて使うことがないので、売ってる場所は知らないんですよ」
それを聞いた男たちがほのかに殺気立つのを感じながら、結弦は冷静な声でもう一度問う。
「なら、売ってる場所を知ってる人のことは知ってるか?」
「だんだん僕のことが分かってきましたね、おにーさん」
「こっちも必死だからな」
結弦の返答が気に入ったのかくつくつと笑うと、少女は羽織を翻して大仰にお辞儀した。
「僕の主は、なんでも知っています。そう、この日、この時、この場所で、こうなることも知っていました。ただ、それでもひとつだけ確かめないといけないことがありました。あなたが本当に勇気ある人か。そして、その答えにたどり着く知恵ある人か、です」
「……どういうことだ?」
芹沢の言葉を理解できず、怪訝な顔をした結弦の背後。深闇の向こうから声がした。
「入用のものは用意してある。ということさね」
女の、さらに言えば老人の声。結弦が振り向いても姿は見えない。闇そのものが声を発しているような、ただただ黒い何かがそこにいた。
「あなたは」
「頭が高いですよユズルさん。あれが憑路の女主人、なんでも知っている僕の主」
あれが、夜乃。
人間だ、と結弦は直感した。そのことが結弦を混乱させる。
いや、ただの人間でもない。人間でないものが人間を模したか、人間が人間でないものに化したか、どちらか分からないが人間でもあやかしでもない何かがそこいる。
そもそも違和感はあったのだ。妖怪変化の市である憑路において女主『人』という表現が使われていることに。言葉のアヤか何かだろうと流していたが、まさか本当に人間に近い何かだったとは。
「で、あんたが『道草』ってのをくれるのかい?」
言葉を継げずにいた結弦を押しのけ、男の一人が姿の見えない夜乃に詰め寄る。瞬間、男の手が闇に包まれる。慌てて引っ込めた手に握られているのは毒々しいまでに青い草が一束。
「草……?」
それは、確かに結弦が持っているのと同じ『道草』だった。
「あ、主人に代わって申し上げます! お代は結構、もってけドロボーとのことです!」
おそらく後半は少女が勝手に付け足したのだろうが、無償で与えるのは間違いないようだ。
毒々しいまでに青い、ヨモギにも似た草の束が男たちの手に次々握らされてゆく。どうやら助かったらしいという実感がわいてきて、結弦の肩からようやく力が抜けた。
淡々と全員に道草を配り終えると、夜乃の意識が結弦に向くのが分かった。
「日を改めて来るがよい」
遠ざかる。闇がふっと彼方に消える感覚とともに、夜乃の気配は霧と消えた。
一方で喜んで『道草』を口に含む男たち。自分たちを謀った洪からの命令などすでに頭にはないらしい。やがて男たちの姿がかき消えると、結弦はペタリ、と地面にへたりこんだ。
「助かったか……」
我ながら今回は危ないことをした。今さらに身体の震えが止まらず、自分に言い聞かせるように助かった、助かった、と連呼している。
「まったくもー。ユズルさんってば見かけによらず命知らずなんですから。見てるこっちがヒヤヒヤしましたもん」
「そう思うならその刀を使ってくれてもいいだろうに」
「戦えないんですってば。ひっどいなー、そのぶん、みんなに忘れられてた気の毒な人間を手当してあげたのに」
まったく心のこもっていない心配を口にする少女の後ろでは、言葉通り応急処置をほどこされた菖蒲が寝息を立てている。
「四条先輩、大丈夫なのか」
「あの様子でしたら心配はご無用かと。現世の医者にかかれば完治するでしょ。僕にたんまりと感謝してくださいねー」
「それは……ありがとな。でもどうしてだ? 食い逃げのことはともかく、ここまでしてくれる理由が思い当たらない」
ひとまず落ち着いたところで、肝心の疑問を口にする。どうやら夜乃が絡んでいるようだが、結弦にしてみればこうして助けてもらう理由など思い当たらない。親切な顔で近づいて油断したところを食い尽くす憑爺の例もあり、疑いの念を忘れるわけにはいかない。
おそらく予期していた質問だったのだろう、少女は「んー」と少しの間虚空を見上げた後、にへらと笑って答えた。
「貴女に大恩があるからです」
予想外の答えに結弦の混乱がまた深まる。
「大恩? 俺に? 誰が?」
「それはまだ秘密」
自力で思い出そうとするが、まったく記憶にない。首をひねる結弦に、少女は「あ、知らないと思いますよ」と首を振る。
「なんせ、今より先の話ですので」
「先……未来か? 恩を受ける前に恩返しに来たってこと?」
「そういうことになりますねー」
「それはまたご丁寧に……?」
夜乃はすべてを知る女だと言うが、まさか未来を予知してのお返しまであるとは思っていなかった。自分がこれほどの恩返しをされるような大恩人になるというのもなかなか想像できない。
「俺がどんなことをしたかも?」
「それもナイショです。主命でして」
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