仲介人 -4

「そうでした。自分のことを美少女属性としか認識していないもので。さてはて、ここは常に夜ですが、現世でもこんばんはの時間ですね。こんばんは、ユズルおにーさん」


 緋色の袴にブーツ、その上からなぜか新選組の羽織と赤拵えの日本刀を身に着けた、中学生くらいの美少女。


「カモさん」

「カモちーです。カモさんだと羽織の元の持ち主と被ってしまいます」

「先輩はカモにゃんを選んでたな」


 見た目は中学生ほどだが、おそらくは憑爺と同じく人間の寿命よりもはるか長く生きているのだろう。二日前に会話した時から感じていた得体のしれない感じが、憑路の深みと同質のものだと今ならよく分かる。


「では、お互いの理解も少し深まったところで本題です。こんなところでどうしたんですか? 例のお店からずいぶんと遠くじゃないですかー。あ、もしかして僕に会いたくて探してるうちにここまで来ちゃったとか? もー、でも美少女だから仕方ないですよねー!」

「……知ってるんだろ?」


 ここにいる敬意も、菖蒲の身に起きていることも。でなければ最初のように結弦の思考を読むことなどできない。どこで見ていたか分からないが、この少女はすべてを知っている。


「僕が知ってるんじゃありません。なんでも知ってる人が知ってるんですよ。むー、ちょっとくらい乗ってくれたっていいじゃないですかー」

「俺たちの状況が分かってて、何か用があったから来たんだろう?」

「もう、こんな綺麗な場所にいるのに風情がないなぁ」


 やれやれ、と肩をすくめる少女に反省の色はない。


「はい、というわけで。ご要望に応じてお答えしますと、あなたのお連れの方が目下、絶体絶命です!」

「っ!」

「より具体的にはあと一刻(二時間)後にはご臨終でしょう」


 予想はしていた。いくら菖蒲の方が憑路に慣れているといっても、鬼が十倍以上いる鬼ごっこなど結果は見えている。


「ちなみに捕まるのは四半刻(三〇分)後です。一刻半の空白はなんなんでしょうねー」


 未来に起こることをなぜ彼女が詳細に知っているかはこの際どうでもいい。問題は、それを伝えて結弦に何をさせようとしているかだ。それを即座に理解できるほど結弦は幻世に適応しはじめている。


「それで、俺はどうすればいい?」

「それは知りません。なんでも知ってる人は知ってるかもしれませんが、僕は知らされていません」

「カモーは助けてはくれないんだよな?」

「やーん。こんな華奢でか弱い美少女にそんなことできるわけないじゃないですかー」


 結弦は考える。

 彼女の持ってきた情報は重要なようで実はそうでもない。そうなるだろう、と誰でも予想できたことを確定させたにすぎない。

 減った選択肢はひとつ。『ここで菖蒲を待って合流する』はなくなった。

 結弦に残された選択肢は、あとふたつ。


「このまま時間をおいて現世へ戻るか、四条先輩を助けに行くか」

 だが現実としてどうか。結弦に戦う力があるわけではない。助けに行くと行っても何ができるだろう。

「悩めるユズルさんに、またしても美少女だけど老婆心で一言、いえ二言さしあげましょうか」

「二言くれ」


 この少女が来たということは、結弦が気づいていないだけで菖蒲を助ける手段があるということかもしれない。ヒントを求めた結弦に、少女はひとこと。


「彼女はあなたにとって一応は恩人でしょう。ですが、それだけですか?」

「……夜乃は、本当にどこまで知ってる?」

「なんでもは知らない僕もそれは知っています。どこまでも、です」

「それで、二言目は?」


 二言さしあげると言った少女に続きを求める。


「二言目はこの前と同じです」

「この前……」

「人間なんかに強いも弱いもありゃしないんですから、頼れるものには素直に頼った方がお得ですよ」


 同じだが、違う。

 前回は、菖蒲に頼るよう勧める意図だったろう。だが今回は逆だ。


「頼らなかった人、か」


 彼女は結弦よりも年上の先輩だ。憑路での経験だって遥かに豊富だろう。

 だがそれがなんだというのか。眠気なんて形のないものさえ売り買いできる、妖怪変化が跋扈するそんな場所で、一歳ぽっちの年齢差や経験の違いにどれほどの意味がある。


「さて、どうします? 戦うことはできない僕ですが、ユズルさんとは知らない仲じゃありません。お手伝いはやぶさかではないですよ」

「なら教えてくれ。四条先輩が、今どこにいるのか」

「それなら知っています。知らぬ仲ではありませんし、お教えしましょう」


 少女の告げたタイムリミットは三〇分。

 憑路を軽快に駆ける羽織に導かれ、結弦が憑路の中層へと戻ったのは、二十と八分後だった。


「はいはーい、静粛に静粛に」


 速い。

 よく通るソプラノの声に十数人の男たちが振り返ったと思えば、声の主はすでに彼らの背後。人間離れした足運びに思わず手を止めた男たちにかまうことなく見下ろす足元には、木塀を背にうずくまる黒髪の少女。


「あーよかった、間に合いました。ギリギリ無事かな?」

「四条先輩! 大丈夫で……」


 駆け寄ってみて菖蒲の惨状に思わず目を背ける。殺すためでなく、明らかに苦痛を与えるためにいたぶった跡が見て取れる。特に左足は逃げられないように潰されたのだろう、あらぬ方向へねじ曲がって青紫に変色していた。

 菖蒲が乱暴されるとすれば、ありていに言ってレイプとかだと思っていた部分は結弦にもあった。だが死から逃れようとする男たちの凶暴性はもっと純粋な暴力へと向かったらしい。


「ほうほうなるほど、これは痛そうですねー。木の棒で叩かれただけでこんなになるなんて人間は不便です」

「なんで、こんな……!」

「『道草』を得るため、でしょう? ねえそこのムサ男」


 結弦の問いにさらりと答えた羽織の少女は、周囲を囲む男たちをぐるりと見渡してから手近な一人を指さした。細い指で指された男はビクリと震えた後、尋ねられているのが自分であると周りに確認してから答えた。


「あ、ああ、そうだ」


 不躾な乱入を咎めることも、誰何することもなく素直に答えたのは、荒事に身を置く者の本能で理解していたからだろうと結弦は推測する。


 この少女の不興を買えば殺される、と。


「あんたらをここに送り込んだのは洪だな?」


 尋ねながら、結弦は何年生だかで習った『虎の威を借る狐』の故事を思い出していた。構うものか、使えるものは全て使えと自分に言い聞かせて頭を巡らせる。


「そ、そうだ。洪の旦那に急ぎの仕事があるって言われて、メールで送ってきた地図の通りに来たらこんな場所に出ちまって……なあ?」

「仕事の中身はあの屋敷に行けば分かるって言われてたのに、この菖蒲を痛めつけて変な草を奪えってことしか書いてなかったんだ。それが無いと俺たちも帰れねえって」

「なのにこいつを捕まえても草なんざ持ってねえし、どこかに隠したのかと思って痛めつけても口を割らねえしで」


 不本意。

 それぞれが異口同音に口に出すのは、自分たちも洪に騙された被害者だという言い訳じみた言葉ばかり。足の痛みにうめき声をあげる菖蒲をどうにもできない結弦の苛立ちを知ってか知らずか、結弦と男たちの間に身体を滑り込ませた浅葱色の羽織はこめかみに手を当てながらわざとらしく頷いている。


「ふむふむ、だいぶ話が見えてきましたねユズルさん。事件の真相はすぐそこですよ」

「人間的な意見を言うと、今はどう見てもそういう遊びをやる空気じゃない」

「むー。食べ物市なのに味気ないですねー」


 肩をすくめてみせて、名探偵よろしく左右に歩きながら少女は人差し指を立てた。


「さて、この事件のポイントは、憑路に定められたあるルールにあります」


 おそらくは「あるルールとは?」と聞き返されることを期待してだろう。周囲の反応を待ってから、誰も望む質問を口にしないことに少し唇を尖らせて話を進める。


「むぅ……。いいですか、憑路というのは商売の場です。売ることはできます。買うこともできます。譲ることもできます。でも、無償(タダ)で奪うことはできない仕組みになっています」

「……『双方の同意なくして取引ができないのは憑路でも同じ』」


 菖蒲の回想で聞かされたルールを反芻し、結弦も状況を少しずつ理解し始めた。


「その通り。だからそこのお嬢さんから『道草』を奪う気まんまんだった貴男たちは、望みの品を見つけることすらできなかったんですねー。ボロ雑巾さんもそれが分かっていたから口を割らなかったんでしょう。『道草』を握っている限りは殺されることはないんですから」


 そこまで言って、芹沢は結弦にちらと目配せした。それが「まあ、あと一歩遅ければ違う意味でもキズモノだったんですけどねー」という意味だと理解して、結弦は背筋が寒くなる。

 それも当然、十数人の男が無秩序に暴行を加え、それでも望みが叶わないとなれば自暴自棄になって何をしでかすかなど分からないのだから。

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