第2章 調査

旅立ち かえりはほど知れず ①

 


 ――突然の爆破音が、地下全体を微かに揺らした。


 爆発の程度は、然程さほど大きなものではない。

 だがコバヤシが其の場に屈み込むのと、リュカが、自身の身体を使いコバヤシを庇うのは、ほぼ同時であった。

 アメリアが腰に挿していた銃を抜きながら爆発音のした方へ向かって走る。一瞬のうちに、リボルバーに似た其れが高エネルギーの衝撃波を放出する特殊な銃であるのを見てとったコバヤシは、つられるようにして斜め後ろ、音のした方に顔を向けた。

 濃い灰色の煙が濛々と立罩たちこめている。

 首を横に顔を少し傾け、両腕で銃を構えたアメリアが煙に向かってにじり寄る姿の奥に、ちらとアンドロイドの動かない身体が重なっているのが見えた。

 プロテクターを着けた屈強な男が五人、何処からともなく現れ、アメリアを援護するように扇状に位置をとる。

 騒然とした地下フロアにアメリアの怒鳴り声が響き、灰色の煙の中から慌てた様子で其れに応える店主の声と、少し遅れて其の煙に消化剤のピンク色が混じるのが見えた。

 其れを目にして如何やら事件では無いようだ、と云う安堵を伴う雰囲気がさざなみのようにフロアに広がった。


「……テロでは、ないみたいだね。此処では有り得ないと思っても、どんな油断もならないからね」

 空気を読んだコバヤシもまた安堵の息を吐きながら腰を上げる。リュカが腕を掴んで立ち上がるのを助けた。

 其れまで完全に動きの止まっていた闇市マーケットは緩やかに通常に戻り始めた。隠れていた人々も、ちらほらと其の姿を現すのが見える。


「何が爆発したのだろう」


 まるで其れに答えるように、空調設備が猛烈な勢いで煙を霧散させた後に姿を現したのは、真っ黒に焼け焦げたフロアの一部と巻き添えを食らい半身が醜く溶けた何体かのアンドロイドだった。


「何かの部品のようですが、もはや原形を留めていません。兎も角、売り物が粗悪品だったとしか言いようも有りませんね」


 リュカが醜く溶けたアンドロイドを見るとも無しに見ながら答える。

 屈強な男達は、フロアの煙が完全に無くなる頃にはまた、いつの間にか姿を消していた。小火騒ぎを起こした店主との話し合いを終えたアメリアが、腰を左右に揺らしながら歩いて来るのが見える。コバヤシの傍まで来たとき、人差し指と中指で銃を作り片目を瞑って撃つ真似をして見せると真っ赤な唇に笑みを浮かべて前を通り過ぎたのであった。


「懲りない人ですね」

 リュカがそう言うのを「……まあ、アメリアらしいよ」と、売り物にはならなくなったアンドロイドを片付ける店主の背中に視線を向けたまま、コバヤシは苦笑いでもって答える。

 其の廃棄処分する事になるだろうアンドロイドの溶けた半身を見ながらコバヤシは、ふと或る事に思い当たった。


「あの事件の結末を、君は……リュカは知っているかい?」

「あの事件、とはどの事件ですか?」

「オネイロスが殺人を犯したとする事件だ」


 何を今更、といった表情でリュカはコバヤシに向き直る。


「事故として処理されましたが……其れならアタルも、ご存知でしょう?」

「いや、違う。僕が聞きたいのは……事件の決着については僕だって知っている。非常に有名だからね。違う、違うんだ……僕が知りたいのは、アンドロイドは『どう』なったんだ? 裁判が開かれた話を聞いた覚えがない。忘れてしまったんだろうか? こんなに有名な事件なのに? 彼女の両親が警察に対して何度となく起こした裁判なら知っている。だが、そうじゃない。僕が知りたいのは、アンドロイドが法廷で何を喋り『どう』裁かれたかどうかだよ」

「裁かれては、いません」

「……つまり?」

「彼は……オネイロスは、驚くべくことに自壊したのです」

「馬鹿な……なんだって? 自壊……?」


 そうです、とリュカは首を縦に動かした。


「其の為、第一条及び第三条までもを蔑ろにする行為――即ち主人マスターのみならず自身にさえも攻撃を加えるとは、作製時に於いてバグの混入があったかウィルスによるもの以外には考えられないと判断されました。

 其のような未知のウィルスであれば解析するのが至当であるものの、彼のメインコンピュータを回復し解析する際に当該ウィルスに因って汚染されることも無きにしも非ずとされ……形ばかりの審議の末……彼のメインコンピュータは回復不能と判断され解析されることなく廃棄されました。

 同時に『バグ刺され』と謂う言葉が世界に広く認知されるようになったのは、此の事件の後からです。

 オネイロス型は作製時の何らかのバグにより重大なウィルスに感染したとし、同型にも其のリスクがあると分かったことで直ちに生産は中止され、リコールの対象となりました。間をおかずして新機種が発表されたこともあり……」

「分かった、もう良いよ」


 コバヤシは片手を上げ、リュカの言葉を遮ると愕然とした様子で呟いたのである。


「つまり、あの事件は原因を究明する処か、何もせずに闇に葬ってしまったんだ……」




 

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