争いごと 言わぬが良い勝ち ③



 品物と引き換えに、コバヤシがポケットから何枚かの金のプレートを取り出し、其れで支払いを済ませるのを見たリュカは、片方の眉を上げただけで何も言わなかった。

 右手の親指でリュカを再起動したように、決済が可能である其の同じ指先を使用しない理由は明白だったからである。

 愛想の欠片もない酷く年老いた枯れ木を思わせる店主から、ありがとうと紙袋を受け取ると「さて、此れで僕の用は済んだ。リュカは何か見たい物があるかい?」と、ひと抱えある荷物を大事そうに胸に、コバヤシが振り向きながらリュカに言った。


「見たい……と云うよりも気になる物を、みつけてしまいました」


 其の方へと首を巡らせたリュカの視線を辿った先にあったのは、廃棄されたアンドロイドを解体し細分化した数多の部品や、人形mannequinのように手足を投げ出すようにして座っている起動していない何体かのアンドロイドである。

 

「ふむ。見ているだけでも、痛々しい姿だよね。やはり同じアンドロイドとして気になるのかい?」

「いえ……アタルの考えているような感情はありません。私が気になっているのはアンドロイドを所有するには登録の義務が有り、主人マスターのいないアンドロイドは存在しない筈だと云うことです」

「まあ、そうだね。原則としては其の通り」

「だとしたら……」

闇市マーケットで売られていると云うことは、誰にも知られることなくアンドロイドを所有したい人が存在すると云うことだろうね」

「何の為に……?」

「理由は人の数あって、抜け道とは、様々にあるものだよ」


 答えに納得のいかない顔をして見せるリュカに、コバヤシはそっと秘密を打ち明けるような声で次のように言った。


「実を云えば明智アケチ嬢を購入したのは、此処マーケットなんだ。僕は主人マスター登録して届けを出したけれど」

「何故ですか?」

「登録した理由? 購入した理由?」

「差し支えなければ、その両方を」

「単純に、ひと目惚れだったんだ。登録した理由は、使い途にやましいことが無いからだね。一応の経歴は故障により野良アンドロイドとしてザ・シティを彷徨っていた処を拾い上げたことになっている。とは云え、あながち間違いでもない。其のようなアンドロイドが存在しない訳じゃないし、稀に見つかると持ち主に連絡後、大概廃棄処分されている……こうした一部を除いて。其の為、此処にあるのは前の持ち主が設定した性格のまま、解除適わず個体によっては古過ぎてアップデートも出来無いけれど、其れだって彼女アンドロイドの個性だと思えば気にならない」

「……ひと目惚れ、ですか?」

「うん。彼女は実に美しい」


 彼女は確かにアンドロイドの中でも極めて美しい外見を持つ。廃棄を間逃れたのは其の辺りに理由が有りそうだった。また明智アケチ嬢の個体としてのカテゴリーは、セクサロイド・ガイノイドである。

 だが、法に触れる入手法は高くつく。其れ程までにしてコバヤシが明智アケチ嬢を購入した理由が、リュカには分からなかった。


 何故なら……。


「ならば、新しく内面も外見も自分の思い通りになるガイノイドを作らせた方が、此処で購入するより安いのでは?」

「思い通りじゃないから面白いんだよ」


 分からないだろうな、とコバヤシはリュカに向かって笑顔を見せた。


「申し訳ありません、アタル。私には其れが理解出来ません」

「誤解があって欲しくないのだけれど、思い通りにならない彼女を押さえ付けるように手荒く扱いたいから、じゃないよ」

「其れは……」

「人間同士とは互いの感情が読めず予測がつかない。其れ故に、感情の行き違いや擦れ違いがあるんだ。対するアンドロイドでは感情による齟齬は生じない。アンドロイドに感情が無いことを知っている所為でもあるし、アンドロイドの方が主人マスターの感情を予測し先回りすることもあるからなんだけれども、僕は其れが嫌なんだよね。一方的で、つまらないじゃないか。其れと同時に、使役している筈が逆に操られているんじゃないかと不服に思う僕の利己主義な部分からくるものでもあるのかもしれないが、まあ、ね。人間とは所詮、矛盾を常に抱えて悩む生き物でもあるのさ」


 リュカは、益々分からないと云うように顔を曇らせる。

 

「であればアタルが望むのは何ですか? 私たちは人間の代替え品として作られたロボットなのではないのですか?」

「残酷なことを言うようだが、君たちは代替え品ですらないんだ。単にアンドロイドは人間の外見をしたロボットに過ぎない」

「つまり……?」

「いや、確かに大多数の人に拠っては、其れで構わないんだ。人間の外見を持つロボット。だが……僕が君たちアンドロイドに望むのは」


 コバヤシが続きを言葉にしようと口を開き掛けた其の時だった。










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