争いごと 言わぬが良い勝ち ①
「此れはこれは、Mr.コバヤシ。随分と別嬪さんを、お連れなんじゃあなくって?」
緩やかな下り坂と長い降り階段の繰り返しが永遠にも続く、暗路であった。
最後の段から脚を離し、両脚が地面に着いたのを確認したリュカは、此処に来てようやく自身が随分と地下深くまで潜った其の終着点の、一歩手前にまで来たことを理解したのである。
何故ならば何歩か歩を進めた先、更に地下へと潜る昇降機と思われる頑強そうな扉の前に、艶やかな妙齢の女性が寄り掛かるようにして腕を組み待っていたのが見えたからだ。
どうやらあの秘密の入り口から此処、最後の扉の前へ辿り着くまでの時間、コバヤシとリュカの二人を待っていたようである。
癖のある金糸のような長い髪は無造作に一つに括り、組む腕の上にたっぷりとした胸がシャツを押し上げ細く括れた腰、むっちりとした臀部を細身のパンツで包む目を引く艶かしい肢体に、にいっと笑う真っ赤な唇は其の派手な顔に良く似合っていた。
「やあ、アメリア。お仕事とはいえ、いつもご苦労さまだね」
「フンッ。そう思うくらいなら、ずっと誘いを掛けてんだ。一度くらい
目を眇めリュカの方を顎で指すアメリアに、コバヤシは「リュカ、気にしなくて良いよ。アメリアの挨拶は一風変わっているんだ」とやんわり言った。
「はぁ? っとに……違うってば。
本気ともつかない軽口を叩きながらもアメリアは、昇降機の動力解除センサーに自身の手の甲を読み取らせると、開いた扉の方に親指を向けて二人に乗り込むよう促す。
「ありがとう、アメリア」
扉が閉まり身体が微かに浮いたと思う間もなく、押し潰されるようでまた同時に宙を浮く奇妙な感覚は、昇降機が凄い速さで下降していることを示した其の一瞬の後、滑らかに全てが停止した。
「ねぇ、久しぶりに会えたんだしさ今日こそ本当に
再び扉が開く前に、アメリアが薄く笑いながら行く手に立ち塞がる。其れに対してコバヤシが少し下を向きふっと笑ったのを見たような気がしたリュカだったが、次の瞬間。
まるで優雅なステップを踏むように片脚を前に出すと同時に横に折り曲げた腕でコバヤシは、アメリアの身体をぐっと扉に押し付けながら其の手で彼女の肩を強く掴むと、耳元で低く囁いたのである。
「ねぇアメリア。期待に添えなくて悪いけど、どちらかと云えば僕も
アメリアを放り出すように扉の前から押し退けるとタイミングよく開いた扉から、少しも彼女を気に掛けることなく外へ出るコバヤシの後を慌てて追うリュカが思わず振り返って見たのは、忘我の表情で扉にもたれコバヤシの後ろ姿を眺めるアメリアだった。
「アタルも人が悪いですね?」
「そうかな? 僕としては、早く諦めて貰いたい一心なのだけれど……其れよりもリュカ、ご覧。ここが僕たちが目指していた
そう言いながら少し肩を竦め、片手を翻して見せたコバヤシの長い指の先に広がる光景に、リュカは息を呑んだ。
薄暗く細長い通路の、其の先が何処まであるのか全体は見渡せないが其の両脇に、大小様々な露店が建ち並ぶ。暗がりに溶けるように、何人かの買い物客が露店を覗きながら歩いているのが見えた。
此処は今やその面影は無いが其の昔、暗闇の中、生き残った人々が肩を寄せ合うように暮らしていた一角である。
人類を滅ぼす勢いの先の大戦も、当然のことに全ての人類を死滅させることは出来なかった。
……当然?
果たして其れを当然として受け止めるか、偶然として受け止めるかでまた世界の見方は変わるのであるがしかし、終戦を迎えてみれば僅かに生き残った人々は其れでも生き物として生命を繋ぐ他なく、目の前に広がるのは太陽の光さえ届かぬようになってしまった壊滅的な被害を受けた世界であった。
生きることは食べることだ。
だが、身を寄せ合うように生きていても極限状態に於いて己の身が可愛いのは、誰しも同じである。人々が欲する食料や物資は圧倒的に不足し、争いは避けられず餓死者は深刻なものとなっていた。
其れでも物資と云うものは、ある所にはあるものなのだ。
暫定政府による統制経済下で公的には禁止されていた流通経路を経た品が並んでいた市場、即ち其れがこの
終戦後暫くして都市の再開発事業が活発になるにつれ、人々が地上に戻るのとは反対に
生活に欠かせないものを売るのでは無い。
其れはもう手に入るようなったのだから。
「……アタル、此処で売っているものは」
「その通り、禁制品だよ」
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