待ち人 来る、つれあり ②
「待ち人……来る、つれあり? 其れは一体何の暗号ですか? 誰を
アンドロイドは其の端正な顔に、困惑の表情を浮かべて見せた。
「ふぅむ。暗号か……そう取れない事も無いな。とはいえ此れが御神籤の一文で有るなら此の『待ち人』とは、人生に大きな影響を与える人、という意味合いで使われている筈なのだよ」
「其の人物が、誰かと一緒に現れると云うことですか? どうして、そんな事が分かるのでしょう?」
「さて、ね。そうなのかもしれないし、違うのかもしれない」
アンドロイドが再びその口を開きかけたところで、其れを遮る宗方の低い声が部屋に響いた。
「コバヤシさん。私の
声のする其の方を見れば、コーヒーの入ったカップを手に、ソファで寛ぐように座る宗方が屈強な身体によく似合う四角い顔をコバヤシとアンドロイドへ向け、器用にも太い眉毛の一方をぐいと上げている。
コーヒーを宗方に提供した後からガイノイドの
彼女は実に慎ましやかであり、見方を変えれば
此の彼女の従順な様は、
と云うのも野良アンドロイドとしてザ・シティを彷徨っていた彼女を拾い上げたコバヤシは、実に古風な
「此れは失礼しました。まあ、ね。僕にだって貴方達に興味が無い訳じゃあないんです。何故って警察の方が
「逮捕されるような事をした覚えが、有るのですか?」
デスクから離れ、応接セットへと向かって歩き出したコバヤシに、アンドロイドが首を傾げながら尋ねる。
「ははッ。なぁに言葉の
「其れならば良いのですが…………検索の結果、二ヶ月前に軽微な交通違反が一件見つかりました……更に遡りますか?」
「…………?! そ、其れは」
「もうその辺にしておけ」
「はい、
やれ助かったと、肩を竦めながら応接セットの一人掛けの椅子に腰を下ろしたコバヤシが、身振りでアンドロイドの彼にも座るように促したものの、当の彼はと云えば小さく首を横に振っただけで宗方の座るソファに横並びに立つのだった。
アンドロイドとしては正しい反応である。
幾らコバヤシが勧めようと、
「其れでは、御用件を伺いましょうか」
椅子に腰を下ろしたコバヤシが
其れを見た宗方は勿体ぶった様子でコーヒーをひと口飲み、口内を湿らせると
「用件と云うのは、あの有名な『オネイロスSDR647』の件で頼みたいことがある、と云えば貴方の興味を
重々しい口振りで充分な芝居っ気を見せた宗方は、極め付けにコバヤシに向かって掬い上げるような上目遣いで、にやりと笑って見せた。
成る程、あの『オネイロスSDR647』とは、誰だって芝居を打ちたくなるのは宗方でなくとも分かる。
其れを受けてコバヤシは、慇懃とも傲慢とも取れる態度で、笑顔を返した。
「頼みたい? ふうん。其れは、また。相談所に来ておきながら、事は相談ではなく優秀な
「解決済みだからこそ、だ。お分かりでしょう? 我々は、その件に関しては、もう動くことが出来ないのです」
「では何故、今になって? あの事件が起きたのは十年も前ですよ。正確に云うなら十一年と二ヶ月も前だ。其の頃は僕だってまだ、美少年と呼ばれる年齢でした。宗方さん、貴方だって」
「私は最初から美少年では有りませんが、当時も今と変わらず警察官でしたな」
「ふむ。まあ、何やら当て擦りにも聞こえますが良いでしょう。で、今になって警察は何を求めているのでしょうね? 事故であったと云う揺るぎない確信ですか? 其れとも認めたくはないが殺人だったと云う捜査の誤りですか?」
「事故とは認めたくない遺族による再捜査の要請が、もう十年以上……そう正しくは十一年と二ヶ月続いているんですな。上層部が辟易してしまって、現場に鉢が回ってきたと云う訳なのです」
「
「ではアンドロイドによる犯罪、その疑念すら認める訳にはいかないとする一定数が存在することも、少年では無くなった貴方にはもう分かる筈だ。だが、実際にアンドロイドが犯罪を起こすのだとしたら? 其処に有るのは……」
「
「ご名答ですな。今から十年以上前の旧型である『オネイロスSDR647』が既にその兆しを見せていたのだとすれば、どう云う事か貴方にはもう皆まで言わずとも、でしょうな」
コバヤシは、眼の前に立つアンドロイドの感情のない美しい顔を見上げた。
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます