第11話 恨み屋本舗
「誰が呼んだか、誰が呼んだか、銭形平次」
ひだまりが気持ち良くなってきた早春の縁側でご機嫌よく銭形平次の歌を歌っているのはバルトロマイだった。いい年をして時代劇にはまりはじめた彼はもうすぐ三十路になる。
お兄さん連中の多いこのサグラダファミリアで「俺もう、30だからさ」は、「私、幼稚園があるんだから!もう!忙しいんだからね」というニュアンスを帯びている。
銭形平次が好きだと言ったのはもちろんユダだ。最強の暴君ユダはネロ以上に強権でファミリーのインフルエンサー、ユダのご機嫌を損ねたら首が飛ぶどころか生き地獄を味わわされる。
件のタダイが良い例であろうからわかりやすいはずだ。
ユダは愛されていると思っている。いつも余裕な顔をして、いつも楽しそうに「ありがとう」なんてアイドル風情の笑顔をまきちらしているのは愛されているという勘違いによって成り立っている。
毎週金曜日に、「ユダの太鼓持ち練習会」なるMTGが開かれているなど想像もしていないだろう。
毎週金曜日に行われるMTG、深夜0時にヤコブの家に集合。ユダと一緒に暮らす面々は毎週一人が犠牲となり、おもりをして彼女の注意をそらしてMTGにメンバーを向かわせる。
「俺が食い止める!早くいけ!!!」
毎週金曜の22時はまさに戦場の最前線。どれだけの心労がファミリーに課せられていたかなど他人は知るはずもない。
「さて、今週もはじまりました、TKトレーニング会。みんな、事前アップは済んでいるだろうな?」
事前アップとは今週のユダの傾向を資料にまとめて持ち寄ること、そして自分なりの傾向と対策を考えておくことだ。
「あ!俺、家に忘れてきた」
沈黙は祈りであり、「同じ失敗繰り返しやがって、つかえねえなカス」の風潮である。凍った空気を溶かすことはできない。だから知らないふりをして「次行ってみよう!」といかりや長介のものまねをする、タダイ
「お前、それいいじゃないか!ユダはドリフターズ好きだったはずだ」
ミカエルの合格が出る。
寒暖差激しいこのTKトレーニングはあらゆる場面でテストされていると言っても過言ではない。過酷な自然環境、イスカリオテのユダとはそれそのものなのである。
「傾向としては、どうも熊のスタンプにはまっているらしい」
「ああ、プーさんとか?」
沈黙は祈りであり、「何年やってんだよバカ。プーさんで事が済むなら練習会なんて必要ねえだろ」の風潮である。沈黙は合理的時間の節約にもつながる。空気を読むというのはユダの太鼓持ちには欠かせないスキルでもある。TKトレーニングはあらゆる場面でテストされているのだ。
「ルルロロとか?」
「惜しい!惜しいよ、君!!それはかつて好きだったやつだ!」
視線の集中は悔い改めが近づいたことを知らせる預言である。「いつまでもヒエラルキートップだって思うなよ」の風潮は、かつてマタイが徴税人であったことへの嫉妬だ。特権階級でい続けられないことを無言のうちに視線で訴える。
忖度以上に序列には厳しい、それがファミリー特有の足のひっぱりあいにもつながっている。
突然狼煙があがった。一筋の白い煙は「ユダがそっちへ向かう!」の伝令でもある。
「解散!みんな、散れ!!ニイタカヤマニノボラレタ!!」
隠語によって皆はそれぞれの家へ帰宅する。半径100メートル以内に家がある。ちなみになぜオンラインにしないのか?と疑問を持たれるかもしれない。
デジタルは危うい。どこでどんなふうにハッキングされるかわからない。ユダのことだ、注意をそらされているフリをしてバックアップを取り、後日突きつけられる可能性が否めない。機密MTGは対面に限る。それが答えだった。
深夜2時。それぞれが戦々恐々としながらも床に着いた頃だった。一斉にスマホのブザーが鳴る。音は一番ファニーなものを設定している。地震速報の音がトラウマになってしまうように、自分達の危機管理もトラウマにならないようにする最大限の工夫だった。
飛び起きスマホを開く。
youtubeが起動され、そこに自分達のMTGの映像が映し出されていた。
事件が白日のもとに晒され、ユダの強権はさらに強まっていったことは言うまでもない。
徹底捜査が行われ被疑者が逮捕された。タダイであった。MTGの現場に監視カメラを仕組んだのはタダイだったのだ。彼はこう供述した、「出来心だったんです」「殺すつもりはなかったんです」。
謁見した弁護士にタダイは一度だけ本音を漏らしたそうだ、「俺だけ公開処刑されるなんて悔しいじゃないですか。みんなにも痛みを知って欲しかったんですよ。だってあの時、誰も俺のこと助けてくれなかったじゃないですか」。
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