第10話 W.W.CHOCOⅢ-第三次チョコレート世界大戦-

バルカン半島はヨーロッパの火薬庫と言われていたのは今は昔、オーストリアの皇太子への発砲が引き金となった第一次世界大戦、そしてヒトラーのユダヤ人虐殺という第二次世界大戦の信じがたい人類の歴史は、どちらも人類の根底にはびこる人よりも優りたいという利己的な罪によるものであったことは周知の事実であろうが、すでに21世紀を迎えているにもかかわらず、「あいかわらずな僕ら」と言わんばかりに人類は同じ過ちを繰り返そうとしている。


そう、火種がくすぶりはじめたのは去る2月14日、バレンタインデーに遡る。


ーーーあの日、各々が意地を張らず、そう、利他的に行動していれば。

皆が悔いても、覆水盆に返らず、後悔先に立たずである。


「ちょっと、会議室集合」

不機嫌極まりないユダはこう見えて我が社の代表取締役社長でもある。執行役員ということで拒否権も議決権もあらゆる権利を有している。COOではない、彼女は正真正銘CEOである。


突然の招集に皆がピリつく。

「ズームも開いて。仏たちにも繋いで」

「でもシャチョー」

いつもの癖でシャチョーと言ってしまうタダイ。バカにする音域とイントネーションだ。

一瞥するユダ、「ミカエル」、耳打ち後、タダイは警備員にしょっ引かれてしまった。

その後のタダイはふんどし一枚で社内を5周させられた。水着でできた跡がビキニ形になっていることをユダはもちろん知っていた。先日の釣り大会でふざけまくった代償だ。

容赦ない仕打ちだ。タダイを見る皆が震えた。声も出せないほどに、声もかけられないほどに、「私からの情けだ」とばかりにユダから与えられた色眼鏡が痛々しさを助長している。


ーーーー公開処刑だ、公開処刑がはじまった、どういうことだ、平和だったはずではなかったのか!!??


瞬く間に広がる噂。ユダが強権をふるいはじめた。言論統制と公開処刑、そして、緊急会議。これはただごとではない。

社内に緊張と情報が錯綜する。これはやばいことになった。


「2月14日のおのれらの愚行、私はすべて知っている」

ユダは全体会議で怒り狂うと組織に対して「おのれら」という代名詞を頻用する。「おんどれ」と言いたいものの、自分など大阪や広島の方々の足元にも及びませんという長野県民独特の自尊心のなさとの折り合いで「おのれら」で決着をつけていることを知る面々は笑いそうになるが、タダイの処刑直後である。下唇を噛むもの、悔しそうに膝を叩くふりをして我慢するものそれぞれだった。


「なぜチョコレートをくれと言いながら、私にはくれなかったのか」


やはり、そこだったか、、、。

マタイが帳簿を開く。経費計上を怠ったのは痛かった。なぜあれほどまでに気をつけろと密約をしていたのに忘れたのか。なんでみんなが忘れていたのか?アラーや仏たちのおかげで異文化も定着しつつあったのに。。。


「ここは日本だからだ!!!」

マタイは合点がいった。

欧米の文化でいけば女性がチョコレートをもらえる立場である。しかしここ日本は男性がチョコレートをもらえる立場である。


「マタイ、それはダメだよ。言い訳だよ」

画面の向こうからアラーがウイスキーを傾けて進言する。背景の雪山でスキーを終えた後なのだろう、ゴーグル型に日焼けしてバカンスそのもの、このあとはスノーシューで子供たちと野うさぎを見にいくのだそうで、えらくご機嫌だ。


「え?」

場が凍りつく。雪山から雪崩の音がした。アラーが泊まっているコテージを避けて轟音が鳴り響く。


「そういうことか、マタイ、、、よくわかった。ここが日本だからということなんだな」

ユダのオーラが雪崩を誘発したのだ。アラーがすべてを察してPCの電源をオフにする。俊敏だ。さすがスキーヤーである。


マタイの隣のヤコブが大筋を察して、ヨハネに目配せをする。

これは、

おい、ヨハネ!!フィフティフィフティか?オーディエンスか?


ヨハネはそのアイコンタクトを夕飯何にする?だと勘違いして、ふたりで決めた「今日は素麺」の隠語「そういうこと」とのけぞっていけしゃあしゃあと答える。


ユダがヨハネを睨む、ヤコブはその瞬間空気をすべて読み切り覚悟を決めた。断腸の思いで漢になることを決意した。

「俺、、俺さあ、前から思ってたんだけど、ヨハネってクソだよね」


唐突に嫌い宣言をされて青天の霹靂のごとく体が痺れるヨハネ。

「え?」

カオスの様相が濃くなっていく。大きな瞳に涙がたまっていく。

「俺、、俺さあ、マタイも嫌いだったんだよなあ、も、ももも、もちろんタダイなんて悪魔だと思ってたし、、、、」

左上に視線を逃すヤコブ。

時が来たら助けに行くから、今はしっかり合わせてくれ!

ヤコブが祈る。

サンチャゴコンポステーラ、聖ヤコブ大聖堂までの巡礼路は星の巡礼に例えられる。フランスからピレネーを超えてスペインへ。その巡礼の最中、自分としっかりと向き合うからこそ、本当の意味で罪の悔い改めに到達することができる。


ーーーみんな、頼む。巡礼だと思ってひとりひとりしっかり内省してくれ。この破壊はみんなにとって必要なんだ!!戦争回避のために!!

ヤコブが祈る。


「ユダちゃん、ちょっとおいで」

ガブリエルのばあさんがまた音もなく登場してきた。


クソババア、ぶち壊すなよ、頼むから。。。


皆が思いをひとつに血が滲む思いで祈る。ふたり以上のものが祈る時、神は願いを聞き届けてくださると聖書にある。


「はい、遅くなったけれどバレンタインのチョコレート」


たったひとつのチロルチョコが世界を救った歴史的瞬間であった。









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