第9話 オフィスボーイズラブ
「ねえねえ、オフィスで片想いしてるごっこしよう!」
最初に伝えておかねばならないが、これはユダの発言ではない。
祝日のオフィスの男子トイレの前を通ったイスカリオテのユダが聞いてしまった、絶対に聞いてはならない話であった。
登場人物は昨今ゲイの噂が後を絶たないタダイ、そして誘われていたのが何を隠そう親友の立ち位置を世間様に向けてマウンティングしているシモンペトロであった。
ユダが思わず女子トイレに隠れる
「よかったあ、男子トイレの隣が女子トイレで」
話の続きを聞こうと耳をそばだてる。
「いいよ!ごっこでいいの?」
シモンペトロの声がどこかウキウキしているように聞こえた。これは、これは、まさか、、ユダが息を呑む。生唾ゴックン、生、っゴックン、
「ドュフン、ドフフ、バラもユリも拙者大好物でござる、、、」
「ごっこじゃなくてもいいの?!」
タダイの声が乙女色に配色を変えていく。
「タダイがウケということか、ドフ、ドュフ」
よだれが黒いニットに垂れている。ユダは締まりが悪いのかもしれない。
「もちろん。僕は君が好きだからね、ずっとずっと、白状するけれど、、、」
「待って、それ以上はダメだよ!だって僕たち」
「わかってる。だから秘密のオフィスラブだったら、ごっこじゃなくてもいいって言ってるんだ」
なんだか悲恋の香りがしてきた。
「やばいなあ、これは本当に美味しい展開になってきたなあ、これは本当にやばいなあ。私だけの秘密にしておきたいなあ、こんな美味しい展開ははじめてだよ、、、いやあ、才能を見込んで仲良くなって大正解だったなあ、いいぞ!もっとやれ!!」
思いが声に洩れ始める。
「そんな、、、だったらこれだけは信じてほしい!僕は僕は、、、百合関係の監督だって噂を流しているけれど、本当は薔薇が好きなんだ」
愛好家の雑誌の話である。
「え!!嘘だろ!!??君は、なんというか、ずっと異性愛者だと思っていたから、、、」
「そう匂わせておけば世間の目を撹乱できる。僕はずっと君だけを愛していたんだ。ふたりでバスタブに薔薇を浮かべて、、、」
「ああ、僕もだよ!!愛している!!愛しているんだ、タダイ!!!!」
「ユダ、起きろ、おい!!起きろ!!」
オフィスの廊下にはソファがある。ユダの昼寝の定位置だ。
午後4時、タダイとシモンペトロがユダを覗き込んでいる。
「薔薇族!!」
飛び起きた拍子にタダイとユダの唇が触れた。
「あ、ごめん!!ごめん、、、」
必死で謝るユダ。事故とはいえ、恋人のシモンペトロの前で大失態を犯してしまった。なんてことだ、、、
「ごめん、ごめん、シモン。。ごめんなさい、、、シモン、、ごめん」
とめどなく流れる涙。もういいよと言い疲れてタダイがその場を立ち去る。嫌われたと思ったユダはその後ろ姿にすがって謝罪を繰り返す。
「タダイは悪くないの、私がいけないの。私がぼんやりしてるから。ごめんね!!許してください!ごめんなさい、なんでもするから」
シモンペトロが優しくユダを抱きしめる。
「かわいそうに、そんなに罪悪感を感じる必要はないのに。僕がいるからね、ユダ。君の気持ちはわかったから。ありがとう、、愛してる」
錯乱するユダにはシモンペトロの声など聞こえるはずもない。
オフィス裏の公園で静かにタバコをふかすタダイ。左目からは一筋の美しい涙が流れている。まるで真珠のように美しい涙を流すタダイ、見かねたラファエルがそっと隣に座る。
「俺ってゲイだと思われれるのかな、、、」
ただ黙って背中をさするラファエル。
「俺の唇ってそんなに汚いのかな、、、」
さする手に力が込められていく。
「ユダ、いつからシモンが好きだったのかな、、、、」
満を持してという言葉がある。ラファエルはまだ時が満ちていないと判断して黙ってタダイの背中をさすった。
そして心のなかで言うのだった、祈るように、
「ユダはシモンペトロが好きなんじゃない、タダイあんたのことも別になんとも思ってない、彼女が好きなのはボーイズラブという芸術ジャンルだよ、、、」
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