第8話 VIP

「その昔、私がまだティーンの頃だったかなあ、、、」

夕日に目を細めるガブリエル。ここは海辺の小さな民宿、久しぶりの余暇だからみんなで釣りに行こうと計画をたてていたところに、頃合いを見計らったようにガブリエルが登場したことがこの地獄行脚のはじまりだった。


シモンペトロと熱心党のシモン、それからヤコブとヨハネ、今回はマタイも連れて行こうと久しぶりに楽しくなりそうな旅行計画をたてていた。

「俺はマグロを釣るんだ!そして、1年間仕事をしない計画さ!この計画性ならアコムに肩を並べる金貸しの社長になれるかもしれないな!!」

マタイの思考は飛躍するのは良いことだと思うが、でもその飛躍先がいつもどこか仄暗く闇くさいのが気になる。金で苦労したから金の勘定に長けているのはわかるのだが、闇深いブラックジョークを愉快そうにみんなに披露するところが一抹の不安を付き纏わせる。

そう言う時はスルー能力が発揮される。サグラダファミリアに所属するとスルー能力が格段に高くなる。聞きたくないことは聞き流すというよりも、耳の数歩前で「右向いてお帰りください」と案内指示が出されるのだ。


「この時期の魚は脂乗っていてうまいから、帰ったらラファエルにでも刺身にしてもらおうぜ」

ラファエルの料理の腕は確かだ。実際自分でも釣りをしたことがあるから、魚のいいところを余すところなく活かしてくれる。

「ラファエルなら、このところ忙しそうだよ、、、」

面々の背筋に冷や汗が流れる。この声は間違いない、、、ガブリエルだ。

返事をするのか、それとも聞こえないふりをするのか、ガブリエルなら聞こえないふりをするだろう、なぜなら年齢を言い訳にして嫌なことは聞こえないふりをする技が使えるある種vipperだから。


(チクショー!俺たちはまだvipperじゃねえ!なんたってあれはR-75だからな。国認可のvipperになるまでに俺たちは待ってはいられない!!)


これはある種のスルー能力の試験である。聞こえないふりが正解か?それとも聞こえて話をはぐらかすというスルーが正解か?


「あの、オーディエンスで、、、、」

ヤコブが小声で面々に助け舟を出す。こんなときこそ知恵を絞り合いながら一致団結が必要だ!サグラダファミリアはピンチの時により結束力が高くなる。


面々は一旦聞こえないふりをすることにした。多数決の原理だが、ただひとりマイノリティに頑なに返事を推進する急進派がいた。熱心党のシモンである。

「ダメだ!ここで聞こえないふりをしたら、あのババアも知らないふりをして踏み込んできやがる!目には目を、歯には歯をの使い方がまた日本式なんだよ!!」

オーディエンスである、熱心党のシモンの提案は却下された。


案の定、ガブリエルは部屋に踏み込んできた。

「私がそろそろ休暇になるから同行しようね。いつも介護施設への送り迎えしてもらってるから、ばあちゃんにそれくらいさせてよ。ね?」


熱心党のシモンは翌日、仏にホットラインをかけた。

「あのさあ、無間地獄のこと聞かせてもらえる?」

「え?どうしたの?急に?」

異教の地獄を聞きたがることを仏は訝しがる。だいたい、探りをいれてくる時というのは何かしらの面倒ごとの前兆であるからだ。仏は自分で後ろめたいことを散々やっているからトマスレベルで疑り深い。

「いや、サンプリングの一環で」

「え?新曲ってこと?」

「え?何の話?」

仏の電話口から唐突にラーマとカーマの声が聞こえる、

「仏が飲んでるのはコーラじゃなくて実はウイスキーでしたー!!コーラをサンプリングしたからわからなかったでしょう!!」

「たまにはお酒飲みたいと思ってさ!ほら、仏は真面目すぎるからさ!!サプラーイズ!!嬉しい??」

「、、、おい!俺、明日検査なのにふざけんなよ!!直前に数値上げやがって!!努力が水の泡じゃねえか!!」

「でも、あの、、」

「入院舐めてんのか!!??ああ?!舐めてんのかって聞いてんだよ?!答えろよ!強肩のヘルシーガイ気取りやがってこの健康ボケが!!!殺すぞ!!」

電話の向こうで仏が怒り狂ってグラスが割れる音がし始めて、シモンは「南無三、、」と祈って電話を切った。

、、、だめだ、向こう様もクリエイティブクレイジーカオスだったんだ。平和ボケじゃなくて健康ボケって言葉もあるのか、、、仏、苦労してんだな。


今、漁師町のしなびた旅館の二階、野菊の間でガブリエルの独演会が始まる。これは野菊の間の独演会であって、行きの車の中では吹奏楽の名曲「ガブリエルの愛と恋の軌跡」が、釣りの船上ではオペラ「ガブリエルさんは俺のもの!」の本公演が、夕食時にはガブリエルのソプラノソロ「若い日の恋人へ」が予定されている。


ガブリエルとの旅行は地獄行脚なのだ。絶え間ない責め苦に耐えねばならない無間地獄なのである。




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