第4話 乾燥地帯
トマスとアンデレは剣道の有段者だ。そうは見えないところが本人たちはかっこいいと思っているらしい。
「俺は小手・面・胴が得意なんだよね」
トマスが100均の傘を振り回す。あぶねえなあと舌打ちして避けたのがマタイ、その華麗なる避けによって被害を被ったのがバルトロマイだった。真っ白な王子様ニットがびっちゃり真っ黒になる。
あーーーーーー
という、雰囲気が漂う。タダイがぼそっとつぶやく「それイブ・サンローランだよな。めちゃくちゃ高いの、、、」
トマスの顔がみるみるうちに青ざめていく。
「タダイ、嘘つくな。トマスがかわいそうだろう、そんなハイブランドじゃないよ」
イスカリオテのユダがトマスに微笑む。バルトロマイがほっと顔をほころばせる。
「それはバルトロマイのおばあちゃんが生前最後に編んでくれたセーターなんだよ。おばあちゃんの思い出があるから、洗濯しないように、大切に着ていたセーターなんだよ。おばあちゃんの、一周忌に着ていくはずだったんだ。来週の、、、」
ユダの目に涙が浮かぶ。
タダイの顔が青ざめていく。青ざめていたはずのトマスの顔が真っ赤になっていく。
バルトロマイが、腹に染み込む踏まれた雪の汚さを感じることも許されないほどに空気は重く、重く、さらに重くなっていった。
「ごめん、待たせた!」
ヤコブがようやく車で迎えにきてくれた。車検切れの車の処理は俺に任せとけ、俺
これでも法学部卒だからさ!と見栄をきったものの、法律が詳しいからなんだというのだという事態を思い知らされたことは黙っていた。サグラダファミリアで弱みを見せることは命取りになる。失敗はなるべく隠しておかないと、どの場面で足を掬われるかわからない。
「え、どうしたの?」
助手席からヨハネがただならぬ空気を察して身を乗り出した。
「俺、バルトロマイの思い出の、、、俺」
嗚咽激しくトマスがついに泣き出してしまった。
タダイはすっと顔を隠す。顔は青いままだ。
「バルトロマイ、きったねえな、そのセーターどうしたんだよ。あれ?ああ、それユダから押し付けられたやつじゃん。よかったな、高いやつじゃなくて」
場の空気が凍る。ヤコブはその空気を感じて焦り始める。
「ごめん、ユダ。違うんだよ。練習で作った下手くそなセーター押し付けたって言ってるわけじゃないんだ。はじめてにしてはよくできてると思ってた、少なくとも俺は!!他のやつは知らないよ?!でも俺はユダが頑張ったあのセーター欲しかったもん!いらねえ、ネタにはなる、出来悪すぎ、逆にこれに一年かけられるとか器用とか色々言ったやつもいたけど。いや、ほんとに!マジで!!いいなあ、バルトロマイ、俺にそのセーターくれよ!な?今はすげえ小汚いけど俺そのセーター欲しいなあ!!!」
家までは車で10分。
到着する頃には、みんな薄気味悪い笑い声ですべてを水に流そうと必死になった。誰が悪いかはあきらかであるが、その原因をバカなヤコブが責められないような事態にしてしまったのだ。
本音を語れないこと、忖度することは実に気味が悪い。
枯れた乾いた笑い声が車中の乾燥をいっそう際立てていた。
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