第20話 脱コンプレックス

なんとも言えない複雑な心境を抱えたまま歩き続け、ようやく最後の町であり、本当の意味で冒険の始まりの町。


ドキドキしながら町に足を踏み入れる


町の名前は、最果ての町『エンロール』


魔王城に最も近い町であり王都から最も遠い町


すれ違う人々は誰も僕を見ない


認識阻害の効果だが新鮮な感覚だった


「とりあえずアイテムショップ目指そ」


町を見学しながらアイテムショップを探し始めた


人々は活気に満ちていた


その反面、浮浪者も多く見受けられる


富裕層と貧困層の差が大きいのだ


これだけ数が多ければ全ての人間を潤す事は不可能だと思う


いくら歴史的背景で魔族から領土を奪い取ったとしてもこの500年で人間の数は数百倍以上に増えているだろう


能力のある者、無い者の軋轢が今の世界を作っているのは間違いない


そもそも何故人間は魔族と敵対しているのだろうと考える


魔族側が領地を取り返すべく侵攻しているなら防戦で事足りる。


そもそも魔族は既に数を減らし、弱体化している


つまり戦力を分散して攻め込む選択肢は無く、一点突破しかないのだ


人間の数と戦略を駆使すれば、火の粉を払い除ける程度の労力で良いはずだ


それをわざわざ勇者まで召喚して討伐に向かわせる事が既に違和感なのだ


「そういえば一緒に冒険していた3人の元仲間達もよく魔族は低脳で野蛮だとか言ってたなぁ」


実際の魔族を知っている流からすればそんな事ないって分かる


「うーん。考えれば考えるほどわからないや」


今の流が保有する知識では何もわからなかった


そもそもこの世界に来るまで考える事を放棄していた人間には尚更だ


流は己の無能さを恥じた


しかしその恥じるという事が人間にとっては成長できるかどうかの壁なのだろう


この世界に来て流は精神的な成長を微々たる量だが、しかし確実に遂げている


その成長が世界の行く末を決定づける事を今まだ本人は知らない


日々の生活用品などを買い込んだ流は視界に『冒険者ギルド』の看板を見つけた


「流石にこの大きな町だとギルドもあるのか。そういえば僕のギルドカードは“御手洗 流”のままだ。偽名を使って新しく作り直すか」


元の名前で活動してる事がもし王都の連中にバレたら面倒臭い事になりそうだと考えた


(今はまだ暗躍の時)


そう考え、ギルドに立ち寄る事にした


ーーカラン


入口の扉に着いたベルが鳴る


中にいる冒険者達は視線だけをこちらに送り入室者を観察する


ベテランの冒険者と駆け出しの違いはこの辺だろう


情報を少しでも得ようと癖でやってしまうのだ


店に入った瞬間、僕に視線を送ってきた者とそうでない者を僕は無意識に観察していた


命の危機を無事乗り切れた流もまた一流の冒険者の仲間入りを果たしていたのだ


そのまま受付まで歩く


「すいません。冒険者登録お願いします」


「はい。初めてですね」


「はい」


「ではこの書類に記入をお願いします」


折角なので格好いい名前を考えようと思った


今までこの名前でどれだけ虐められたか。


ーーおい!汚物は御手洗いに流せよーー


嫌な思い出が蘇る


この名前をつけた親をどれだけ恨んだ事か


名前のコンプレックスを、ようやくここで乗り越えられる


流は少し嬉しかった


(さて、この世界に合いそうな名前…)


少し考える時間を貰いたかったので、受付嬢に歩いて疲れたから、座ってゆっくり書くと伝えて、空いてる席へと向かった。

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