第5話
「まぁ、仕方ないけどな」
「え、でも……」
これだけ「この人のせい」と名前が挙がっているにも関わらず、どうして無罪放免になるというのだろうか。
「そりゃあ、そうだろ。あいつがけしかけているのは『怪異』だ。人間じゃない。人間だったら……場合によっちゃ出来るかも知れないけどな」
「そうだな。さすがに『怪異』相手には……教唆は難しいだろうな」
おやっさんもそれが分かっているのか苦笑いだ。
「でも、如月ちゃんが思っている通り、おかしな話と思われるかも知れないわね。いくら『怪異』という名前がついていても、人間の感情である事に代わりはないから」
「……いえ」
シスターは吐き捨てる様に言い、如月も一瞬同意しそうになった。
しかし、ふと考えてみるとそれも仕方ないとも思えてしまう。よくよく考えてみると、そもそも『怪異』は普通の人には見えていないのだ。
「……」
ただ、この場にいる人たちは如月も含めて全員視えていたり、その存在を知っていたりしている。
だからこそ、一瞬忘れてしまう。
そもそも『怪異』というモノは「気がつく事すら出来ない存在」だという事を。普通の人たちは理解すら出来ないモノだという事を。
「俺は『怪異』は亡くなった人間の最後の抵抗だと思っている」
「最後の抵抗……ですか?」
「ああ。だが、視えている人間が何もしないというワケにはいかない」
「……」
「もちろん、狙われた人間は『怪異』に狙われる様な理由があるかも知れないのは重々承知だ。しかも、そういうヤツは犯罪がらみの事に手を出している場合が多い。それこそ、復讐されても仕方がないほどの……な」
言われて見れば、確かに今まで『怪異』が絡んだ事故や事件での被害者はそういった人たちが多かった様に思う。
「ただ、それはそれとして俺はちゃんと裁かれるべきだとも思う」
そう言う瑞樹の目は決意に満ちている。
「そいつらに焚きつけて復讐を達成させたところで、結局のところその悪いヤツらがあの世に高飛びさせている様なモノだ。そんなあいつを出来る事なら今すぐにでも引っ捕らえたいところではある」
「……」
「ただ、立証が出来ない事には俺たちもどうしようもないのが現状だなぁ」
「それは仕方ないですね。出来たら速攻でしてもらっているモノ」
おやっさんの言葉を受けたシスターは「フンッ」と鼻を鳴らす。
「じゃあとりあえず、コレが『怪異』が絡んでいるんじゃないかと思われる事故の一覧だ。全部が全部とは思っちゃいねぇが、ひとまず検証などを頼む」
「了解。ちゃんと調査料を支払ってくれればこっちは問題ねぇ。この中で気になる事があったらまた連絡する」
「ああ、分かった」
瑞樹はやる気のない様な返事をしていたが、それが単なる照れ隠しに見えたシスターと如月はお互い顔を見合わせて笑う。
「……」
そんな二人に対し、瑞樹は「何だよ」とふて腐れた様な顔をし、それを見た二人は更に笑ってしまった――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ふぅ」
空を見上げると、今日はおやっさんが来た事もあり、かなり話し込んでいたせいかいつの間にか日が暮れていた様だ。
「……」
ただ、如月は今まで色々な『怪異』を見てきたつもりだった。
しかし、そんな彼らが普段見えない存在で、事件や事故に絡んだとしても、今を生きている自分たちには法律などを駆使してもどうしようもないという事を今日、瑞樹たちと話して更に教えられた様な気がした。
「でも」
今でこそ如月も見える様になったが、コレが見えずに突然『怪異』が目の前に現れたら――。
「っ!」
最初に『怪異』を見た時の事を思い返すだけで思わずゾッとしてしまう。
「……あれ」
下を向きながら色々と考え事をしている内に自宅であるマンションに着いていたらしいのだが、そこで如月は足を止めた。
なぜなら、いつもこの時間帯には誰もいないはずの場所に人影が見えたからである。
「……」
そんな時、ふいに如月の脳裏を過ぎったのは「椎名」という名前。
どうして今この名前が浮かんだのかは分からない。しかも、そこはマンションに住む住人たちが郵便物を取りに行く場所だ。
ただ、いつもは誰もいなくても、何もかもが「いつも通り」という決まりもない。つまり、偶然という可能性も捨てきれないというワケだ。
「……」
そこで如月はあたかも何も目線に入っていないかのようにその場を通り過ぎようとした……のだが、その瞬間。
「あの!」
突然、その郵便受けの近くにいた男性に呼び止められた。
「……」
たった今呼び止められたところを考えると、男性は如月を呼び止めたのだろう。それを考えると、さすがに無視をするワケにもいかない。
「……なんでしょう」
如月は仕方なく振り返ると、そこにいたのは如月より頭一個分ほど身長の高い男性の姿だった――。
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