第4話


 おやっさんが椎名と出会ったその日は寒く、とにかく早く暖を取ろうと適当なお店に入ったらしい。


「いつもは行きつけの居酒屋に行くんだが、その時は周りに酒を取り扱っていそうな店がなくてな」

「この周辺の話ですか?」

「いや? 出張先だ。まぁ、それもあいつの使いみたいなもんだな」


 ついさっき「仕事の内容を漏らす事はない」と言っていた通り、今も言葉を濁した……いや、というより慣れた言い回し。つまり、出張に行ったのも仕事なのだろう。。


「で、一人で飲んでいるところに話しかけてきたのが『椎名』って言う男だったんだ」

「……名乗ったんですか?」

「いいや? その時は名乗っていない。ただ、話をしてその男が少し妙だったんで坊主らに聞いたんだ」

「妙?」


 如月が再度尋ねると、おやっさんは「ああ」と頷く。


「最初は普通に世間話をしてたんだが、、その流れで仕事の話になった」

「……」

「お嬢さんは未成年だから分からないと思うが、そういった流れになるのは酒の席ではようある流れの一つなんだが……」


 そこでおやっさんは一息入れた。


「どうにもそいつの話が信じられなくてな」

「え、仕事が……ですか?」


 ここで椎名が適当な仕事を言ったのであれば、確かにボロが出るのも仕方ないと如月は考えたのだ。

 しかし、おやっさんはそれを「いや」と否定した。


「そいつの話をしていた仕事の内容には問題はない。むしろ模範的な好青年という印象を受けた。俺はぼかすように話をしても向こうが突っ込んでくる事もなかったんだが……」

「ただ?」

「仕事をしていく内に不満やストレスはむしろ当たり前と言っていいほど当たり前のものなんだが、この話がどうにも胡散臭くてな」

「え」


 どういう事だろうか。


 さっきの様に仕事を偽って相手を騙す人間がいる事は如月も知っているが、仕事ではなく愚痴が嘘っぽいというのは聞いた事がない。


「何というかな。どれも自分ではない別人の事を話している様だった」

「……」

「で、人生の先輩であるあなたがこういった時ならどうしますか? と言われた。まぁ、その時はなんとも思わず答えちまったが、その時からどうにも引っかかってな」

「……」


 確かに『人生の先輩――』なんて頼られてしまえば、あまりそういった経験のない如月も答えたくなってしまうのも分かる様な気がしてしまう。

 そういった事を考えると、どうにも椎名はなかなかに人の心に入り込むのが上手いらしい。


「……」


 そういえば、友人がおらず寂しい思いをしていた瑞樹の心の隙間に入り込んだとシスターが言っていた事を如月は思い出した。


「で、気になって坊主らに聞いてみたら、そいつが該当したってワケだ」

「そう……ですか」

「それを聞いたら相変わらず、厄介なヤツだなぁって思ったな」

「……そうね」


 おやっさんの話が終わると、瑞樹とシスターは何やら怖い顔をしている。


「厄介……ですか?」

「ええ。昔もそうだったけど、年を重ねて特にね」

「はぁ、それにしても現状『怪異』絡みの事件の処理は今で正直ギリギリだっつーのに」

「海藤警部補の話を聞く限り、結構な数の『怪異』が関わっている様だし……ちょっと厳しいわね」


「はぁ。それに、今あいつを見つけたところで、どうする事も出来ねぇしな」

「!」


 サラリと言った瑞樹の言葉に、如月は思わず「え」と言って目を見開いて驚いてしまった。

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