第5話


「キャア!」

「っ! 鬱陶しいわねっ!」


 その『黒い塊』はこちらが想定しているよりもかなり素早く動き、如月がギリギリ目で追える程度だ。


「如月ちゃんはとりあえず隠れて!」


 シスターの指示に「はっ、はい!」と返事をしたものの、あまりにも動きが速すぎて下手に動く方が危険で正直今のままでは動けそうもない。


「……」


 完全に自分が足手まといになっているのは分かる。だからこそ、早く身を隠して狙われる可能性を低くしたいところだ。

 それこそ「逃げる事が格好悪い」とか「目立ちたい」とか「役に立ちたい」とかそういった事は如月にとってはどうでも良く、むしろ「自分がいる事」によってシスターの迷惑になる事の方が問題だった。


「あれ、でも」


 そこでふと考えた。ここは確かに以前、工場だった。しかし、今のここには機械は全て撤去された後だ。


「どっ、どこに隠れれば」


 つまり、如月が隠れられるくらいの物陰などの場所がない。


「如月ちゃん、こっち!」

「!」


 どうすれば良いのか分からず固まっていた如月をシスターは呼びかけるが、距離がある上に黒い塊が動いているため近づけない。


「……」


 しかし、ここで如月はまたふと不思議に思った。


 なぜなら、黒い塊は確かに素早く動いているが、あまり攻撃をしてくる気配が献じられなかったからだ。

 それこそ、突然分からない場所に連れて来られてどうすればいいのか分からず落ち着かないといった感じがするほどである。


「……」


 どうやらそれはシスターも気がついていたらしく、今度は如月に無言でその場に留まるように合図を送る。


「このまま私が迎え撃った方が良いわね」


 そうポツリと呟く様に言ったシスターの声は如月に届いていない。ただ、如月には「何か言った」とくらいには分かっただろう。


「!」


 しかし、すぐに「攻撃に関する何か」と言う事はシスターが太ももに付けていた武器を取り出した事で分かった。

 どこかに隠しているだろうとは思っていたが、まさか太ももに付けていたとは思っていなかった如月は謎の羞恥心から思わず顔を伏せる。


 なぜなら、武器を取り出す際にシスターの太ももが一瞬ではあったものの、露わになったからだ。

 如月も同じ女性ではあるが、普段隠れている部分が見える……というのは、見てはいけないモノを見てしまった様に思えてしまう。


「!!」


 しかし、そこからのシスターの動きは早かった。


 突然とてもつもない大きな音が聞こえたかと思うと、黒い塊は跡形もなく姿を消していたのだ。


「え、え?」


 シスターが何かを構えていたのは分かったので、如月は顔を伏せた同時に耳を塞いだが、その音はまるでお腹に響くような重い音だった。

 しかも、反響が落ち着いて辺りを見渡すと、つい先程までいたはずの黒い塊はどこにもいない。


「ふぅ」


 シスターが武器に軽く息を吹きかけている姿を確認したのはその後。そして、シスターが息を吹きかけていたのは拳銃よりも大きいモノだった。


「あ、の。シスター、それは?」

「ん? ああ、モデルガン」

「え、ほっ、本物じゃなく?」

「本物だったら捕まるでしょ」


「たっ、確かにそうですけど。って。あれ、え?」


 如月は訳が分からなくなった。


 ついさっき、確かに大きな銃声の様な音がしたのは確かなはずだ。それなのに、シスターが持っているのは『モデルガン』らしい。

 確かに、この国では法律で試験を合格した上に用途を明記して様々な手続きと許可を得なければ一般人で拳銃などを持つ事は出来ないようになっている。


 しかし、普通に考えて『モデルガン』からあのような銃声は出ないはずだ。


「まぁ、細かい話は企業秘密って事にしておいて……って、瑞樹から聞いていないの? あの子も出来るはずだけど」

「え、でも。瑞樹さんは『俺は祓っちゃいけない事になっている』と言っていましたよ?」


 そう、だから如月は実際に祓うところを見た事がなかったのだ。


「え……ってあの子が言ったの? 自分で?」


 シスターはそれが信じられないのか、驚いた様子で再度尋ねる。


「え?」


 如月はどうしてシスターがそこまで驚いているのか分からなかったが、確かに瑞樹がそう言っていたので「はい」と頷く。


「そう」

「それより。あの、どうしてさっきの塊がここに……」


「それは……あれね。さっきも言った通り『誘い出された』のでしょうね」

「誘い出された……ですか」

「ええ。まぁ、誘い出そうとした人間は瑞樹じゃなくて私だったのは、想定外だったでしょうけど」


 そう言いつつ、シスターはついさっきまで黒い塊のいた場所を見つめる。


「? どうされました?」

「多分、本来であればこのロケットは如月ちゃんのコートと同じ様な作用をするはずだったのでしょうね。でも……その誘い出そうとした人間によって『怪異』に変えられた」

「え」


 シスターは如月の方へと視線を移す。


「そっ、そんな事が可能なのでしょうか」


 震えながら尋ねる如月に対し、シスターは「普通は無理」と満面の笑みで答えた。


「え」


 思わぬ回答に如月は思わず固まってしまったが、シスターは「でもね」と話を続け……。


「あいつなら、出来ちゃうのでしょうね」


 ポツリと呟く様にシスターの口から出た言葉を……如月は聞き逃さなかった。

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