第2話


「だから! 大丈夫だっつーの! 心配しすぎだ」

「いいえ! 全っ然大丈夫じゃないわ! 顔だって真っ赤だし、咳も止まっていないじゃない!」


 あまり聞き耳を立てるべきではないと思いつつも……というより、あまりにも二人が大声なので、自然と耳に入ってしまうのだが。


「……」


 言い合いをしているのが瑞樹とシスターというのはよく分かる。


 しかも、ここ最近。確かに瑞樹は時折咳をしていたのは如月もよく知っていた。ただ、瑞樹はあまり休みたくないのか、如月が「病院に行ってみてはどうですか?」と言っても「気が向いたらな」と言って病院に行くのを嫌がっていたのだ。


「とにかく! せっかく入ってきたんだから仕事をしねぇと……」

「!」


 如月は瑞樹の声がどんどん近くなっている事に驚いたが、このタイミングで外に出ても行くのもおかしいとも思えた。


「……」


 こうなったら、むしろここで扉を開けて声をかけた方がまだ自然だろうと考え……。


「こっ、こんにちは」

「あら、如月ちゃん」

「ん、なんだ。ちょうど来たところ……ゲホゲホ」

「瑞樹さん」


 扉を開けた如月は瑞樹に声をかける。


「あ?」

「病院に行きましょう」

「いや、だから大丈……」

「行きましょう?」

「……」


 如月はもう一度ゆっくりと言うと、瑞樹は顔を引きつかせながらも「わっ、分かったよ」と観念した様に渋々頷いた。


「……保険証とか取ってくる」


 そう言ってその場を離れた瑞樹は分かりやすく肩を落としていたが、とりあえずこれで言質は取った。


「はぁ……如月ちゃん。すごいわね。ああなった瑞樹はただでさえ面倒くさいのに」

「え?」


 如月は普通に言ったつもりで「あ、案外アッサリ引いてくれた」と思っていた。


「まぁ、笑顔で迫られたら……頷くしかないわね」

「え」


 が、シスター曰くどうやら相当怖い笑顔をしていたらしい。


「そんなに怖い顔をしていましたか?」

「うーん、結構?」


 シスターはそう言って苦笑いを見せた。


「……」


 そして瑞樹は渋々と言った様子で病院に行った。


 でもまぁ、結局のところ。瑞樹の診断の結果は『風邪』で、とりあえず一日絶対安静を言いつけられた。


「とりあえず、インフルエンザとかじゃなくて良かったわね」

「ああ。ゲホゴホ」


 病院に行って診断を受けた事でようやく自覚したのか、瑞樹は病院に行く前よりもものすごくしんどそうだった。


「はぁ」

「どうしたんですか」

「いや、仕事が入っていたんだが……こうなったら断るしかねぇよなって」


 風邪も相まって今の瑞樹は少し幼稚化しているのか、いつもより感情が表に出やすくなっている様だ。


「あら、じゃあ私が行ってくるわよ」


 シスターからの思いがけない提案に、如月も瑞樹も驚きのあまりその場で固まった。


「え、姉貴が?」

「ええ、今日は急ぎの用事もないし!」


 どうやらシスターは行く気満々の様だ。


「……」

「……」


 瑞樹としても出来れば入った仕事を断りたくはない。だから、シスターの申し出はありがたい。ありがたいのだろうがだが……。

 正直「頼んで大丈夫だろうか」という気持ちが先に来てしまい、どうにも素直に頷く事が出来ない様だ。


「……」


 そんな瑞樹の心境が如月は何となく理解出来る様な気がした。しかし、今のままでは結論が出そうにない。それに、瑞樹はあまり頭も働かなさそうだ。


「そっ、それじゃあ私も一緒について行きます」


 そこで如月はそう言ってここぞとばかりに手を上げた。


「え」

「瑞樹さんはシスターお一人では心配の様ですので」

「いっ、いや。だが……」

「それに、迷っているという事はおやっさんからの頼み事ではないんですよね? もし、そういった用件だったら瑞樹さんはここまで迷いませんし、頑なに譲ろうとしないはずですから」


 如月の言葉を聞き、瑞樹は思わず「うっ」と言葉を詰まらせる。


「正直、瑞樹さんほどシスターを上手く制御出来ないかも知れませんが」


 この間の一件。あれは一種の「シスターの暴走」と如月は捕らえている。当の本人のシスターは「え?」と全く分かっていない様だが。


 そこまで言うと、瑞樹は「はぁ」と小さくため息をつき、降参したように手を上げ「分かった。そこまで言うのなら」とシスターと如月に「頼みます」と一枚の紙を差し出した――。

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