第四章

第1話


「はぁ、もうすぐ……春か」


 空を見上げると、冬の寒さはあまり感じず花のつぼみがポツポツと見える様になっていた。


「まだ小春日和にはちょっと寒いけど」


 如月は息を吐きながら苦笑いする。まだしばらくはコートが手放せそうにない。そう思いながらギュッとコートを握りしめる。


「……」


 つい最近まで学校では、三年生の進路でちょっとした「騒ぎ」になっていた。


 騒ぎ……と言ってしまうと少し語弊がある様にもが、如月が通っている桜花咲高等学校は進学校という事もあり、基本的によほどの事がない限り全員大学に進学する様になっている。

 それは入学時点で説明されているので全員周知の事実だ。

 まあ、正確には先生たちが自分の受け持つクラスの生徒を何とかして全員どこかの大学に入れ様と奮闘するのだが。

 もちろん。本人の努力も必要不可欠。

 しかし、そういった先生たちの事情も相まってその期間はちょっとしたお祭り騒ぎの様になる。


「ふふ」


 その凄まじい様子は受験生でなければちょっと笑える。


 ちなみに四月の頭ぐらいのタイミングでそういった趣旨の話をするために、新入生だけの集会があり、それで全員話には聞いていた。

だが、話に聞いてはいても実際にその光景を見た去年は、あまりにも騒然としていて、その衝撃を如月は今でもよく覚えている。


「……」


 しかし、今年も傍観という立場ではあったが、来年は自分の番か……と思うと、あっという間に月日が過ぎている様に感じる。


 そして、それらが全て片付き、今は随分と落ち着いている。


 如月が通っている学校ではこの様な感じだが、明日香が通っている学校ではもう少し様子が違うらしい。

 やはり各学校で事情が違うのだろう。

 ちなみに、明日香の学校では内部進学をするかしないか。後はそもそも内部進学出来る程の学力があるかないかでまた事情が違うらしい。


 ちなみに明日香は内部進学をせずに別の大学を受験する予定で、その大学はかなりの難関校のためにあの塾に通っているようなモノらしい。


「そっか」


 明日香からそれを教えてもらった時、如月は自分の中で納得した。

 正直、如月にとって「どうして明日香が塾に通っているんだろう?」と同じクラスになった時にずっと謎だったのだ。


 ちなみに如月たちが通っている塾は、自分たちが生きたい進路によってクラスを選択出来る。

 そして、数ヶ月に一度理解度を知るためのテストがあるのだが、それで成績が悪ければ塾側から呼び出される形になっている。


 如月はすでに母親から「ちゃんと通わせてあげているんだから、呼び出しなんてされるんじゃないわよ!」と塾に入るタイミングで釘を刺されている。


 もちろん。そんな面倒な事になったら如月もものすごく困るので、絶対に手を抜くなんて真似はしない。むしろ、学校のテストよりも頑張っているかも知れない。


 そして現在、今月中には三年生の卒業式があり、その後は春休みに入る予定だ。


「……」


 そうなれば、塾はもちろん。お手伝いにもこれまで以上に入れる。


「でも、来年になったら……」


 この時期はそういった色々な選択をし終わった今の三年生の様な状態になっているだろう。


「……」


 正直、今の如月に具体的な夢はない。だから、現時点で『進路調査票』に家の近くにある大学の名前を書いた。

 そこでは奨学金を借りる事も出来るため、母親に面倒をかけずに済むだろうし、大学を卒業した後に一人暮らしをするための資金を貯める事も出来るだろう。


「でも」


 そうなれば、今のまま……とはきっといかないだろう。

 そもそも、一体どうしたいのだろうか。その結論はまだ自分の中で出ていない。でも、だからと言って早急に出すモノでもないだろう。


 だからこそ、既に将来に向かって色々と準備をしている明日香に「本当にすごい」と感心と尊敬をしている。


 ただ、あっという間に時間は過ぎる。しかし、その間で「あれは間違いだった」と後々後悔しない様にしたい……と、如月は強く思っているのも事実だ。


「よし、まずは自分の出来る事をしないと……あ」


 どうやら色々と考え事をしている内に教会に着いていたらしく、如月は思わず笑ってしまった。


「ちょっと早めに着いちゃったけど……いるかな」


 チラッと入り口の前にある時計を見ながら如月は独り言を言いつつ、教会の入り口に近づくと――。


「?」


 ふと、シスターの声が聞こえた。


「あんた、本当に大丈夫なの!?」


 そして、次には誰かを呼び止める大きな声が聞こえてきた。

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