閑話一
友人と将来
「……」
明日香は先に行ってしまった男性を追いかける『友人』の後ろ姿を少し眺めていた――。
「お嬢様? どうされましたか?」
「え、ああ。ごめんなさい」
そう言って明日香は迎えに来ていた車に乗り込む。
「……」
今にして思い返してみると、明日香にとって『友人』とは小さい頃は父親や母親が用意してくれる『プレゼント』と同じ感覚だった。
もちろん今は「違う」と言い切れるが、小さい頃は本当にそんな感じだったのだ。
「初めまして、明日香様」
最初に『友人』と呼べる存在が出来たのは、彼女は初めて母親に連れられてお偉いさんがたくさん集まるパーティーでの事だった。
煌びやかな会場と華やかな服を着た人たちと一緒にいるのは同じように華やかなドレスなどを着た明日香と同じくらいの年の子供たち。
「……」
そもそもこういった煌びやかな場所に来るのは初めてな上に、出会う人たちも当然初めて会う。
そんな中で、私に声をかけた女性は明日香の母親より少し年上の様に見える。そして、その横にいるのは同じ年くらいの女の子。
「はっ、初めまして」
この当時、年相応に人見知りだった彼女『
「あらあら、この子。初めて来たから……ごめんなさいね」
もじもじと母親の影に隠れている自分と、堂々としている女の子を比べて、明日香は恥ずかしく思った。
「いえ、これから仲良くして下さい」
「はっ、はい」
差し出された手を握り、女の子を見ると、その子はニッコリと笑っていた。
今の私なら「この笑顔が本当か嘘か」の見分けが付くだろう。しかし、この時の私は……全然見分けがつかなかった。
だから、その日以降仲良くなった彼女と遊ぶ機会も増えてしばらくしたある日、彼女が自分の母親に「あの子ともう一緒に遊びたくない! 面白くない!」と訴えかけているのを聞いた時は子供ながらに愕然とした。
しかも、その子の母親は「いいからちゃんと仲良くしておきなさい。あの子と仲良くしておけば、それだけこちらに利益があるのだから」と諭しているのも聞こえた。
「……」
そこで私はようやく分かった。
あの日、あのパーティーにいたのは『明日香の友達候補』として集められた暁グループの役員の子供たちだったという事を――。
それが分かってからはその女の子と遊ぶ頻度を控え、秋華咲学園に入る頃には、彼女は別の学校に通う事もあり、接点もなくなった。
そして、私に声をかけた女性の名前が会社の役員から消えていたのは……どうしてなのかは明日香の知るところではないが、結果的に言えば「自然消滅」というヤツなのだろう。
学園に入学した後はパーティーなどを開かれる事もなく、むしろ両親からは「付き合う友達はちゃんと自分で選びなさい」と言われる様になった。
多分、あのパーティーは両親なりの気遣いだったのだろう。明日香にとってはありがた迷惑な話だったが。
しかし、学園に入学して明日香を待っていたのは「明日香本人ではなく、暁グループ会長の一人娘」として見てくる大人やそれに影響された子供たちだった。
彼女はそれに霹靂とし、適当にあしらい続けた結果。そういった「媚びている人間」からと関わりを持たずに済んだ。
そうして高等部に入ってようやく『友人』が出来た……と思っていたのも束の間。その『友人』は転校して……二度と会えなくなってしまった。
「……」
友人の死後。
明日香は少しの間塞ぎ込んでしまったが、比較的に早く復活出来たのは、以前明日香が色々と助けた人たちに支えられたのと……塾で知り合った『
この如月と知り合ったのは、塾も新しいクラスに変わったタイミングだった。
服装は桜花咲高等学校のモノだったが、カバンや筆箱。ペンや消しゴム。靴などはどれも使い込まれている。
言い方は悪いかも知れないが、明日香はそんな如月を見て「家が貧乏なのかな」と思った。
しかも、授業が始まっていないにも関わらず、彼女は既に机に向かって勉強をしている。
明らかに周囲とは違う彼女に、周りは近づきたがっていなかったが、明日香はそんな彼女を見て、すぐに興味を持った。
そして、声をかけたのだが「どうしてそんなに勉強をしているの?」という明日香の問いかけに、如月は無表情で「生きるため」と答えた。
明日香にとって、それは「驚き」の一言だった。
詳しく聞くと、彼女の家は明日香が思った通り「貧乏」で、しかも母親は「浪費家」らしい。そんな母親から離れるために奨学金が出る近所の大学を合格する必要があるとの事。
「仕送りは期待出来ない。だから、この大学に入らないといけない。それで……」
「それで?」
如月はそこまで言うと、固まった。
「……」
それはまるで「それで、どうすれば良いのだろう? 何をしたいのだろう?」と言っているかの様だ。
明日香は既に行きたい大学や進路は決めている。だからこそ、このクラスを選んだのだが、どうやら彼女は行きたい大学は既に決まっているものの、学部などの細かい事は決めていないらしい。
「……決まると良いわね」
元気づける様に言うと、如月は「はい」と答え、そのまま勉強に戻った。
その後、明日香は如月を見つけたら頻繁に声をかける様になったのだが……決定的に「友人になった」というタイミングを……実は明確に覚えていない。
ただ、彼女は日々勉強に打ち込んでいるにも関わらず塾のテストの結果は中の中。塾から呼び出しをされる程ではない。
普通であれば毎日勉強に打ち込んでいるのになかなか成果が出ない事に苛立ちそうなモノだが、彼女は腐ることもなくひたむきに勉強に打ち込んでいた。
そんな彼女の成績が突如として中の上くらいにまで上がり始め、つい最近。その理由が分かった。
それが、彼女が追いかけた『男性』の存在だ。
名前は「瑞樹」と言うのだが、名字は分からない。ただ、あの縦ロール事『
彼女は……いや、彼女の家はそういった話にめざとい。
こうなった今。分かったのだが、どうやら如月は要領があまり良くないらしい。ただ、一度教えてしまえばすぐに覚えて忘れない。
明日香はそれを知ってなおさら「将来、私の会社で働いて欲しい」という気持ちが強くなった。
ただ、今の如月の様子を見ていると……ちょっとその未来予想図が揺らぎ始めている様に感じる。
彼女がどういった選択をするのかは分からない。
しかし、明日香も引くつもりはない。だが、如月が決めたのであれば、尊重はするつもりだ。
「ふふ。さて、優希はどうするのかしら?」
車のわずかな揺れに身を預けながら、明日香は小さく独り言を呟いた――。
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