第5話
「……いい女だよな」
瑞樹は明日香が帰った後、ポツリと呟く様に言った。
「え」
「美人で頭も良く肝が据わっていてよく気がつく。それに、周囲からの評価も高い。ちょっと気が強いところはあるが美人」
「二回言った」
「大事な事だからな」
サラリと答える瑞樹に、如月は呆れた様に「まぁ、分かりますが」と返す。
明日香が「美人」という事は、彼女の周りの人間にとってはもはや周知の事実で、だからこそ如月は「どうして私と友達になってくれたのだろう?」と疑問に感じている点の一つだ。
「でもまぁ、だからこそ中にはそれが面白くないヤツもいる」
「え」
「そりゃあそうだろ。人間には色んなタイプがいるんだからな。好意的に見たり頼りにしたりする人間もいれば、そうじゃない人間がいるのは当たり前だろ?」
「たっ、確かに」
思い返してみると、確かに如月が見た事のある人たちはみんな明日香に好意的だった。しかし……。
「お前さんは暁とは違う学校に通っているし、会うと言っても塾か今の様な休日のちょっとした時間ぐらいだ。それくらいじゃ、暁の置かれている状況を全て理解出来ているとは言えない」
「……」
そう、瑞樹の言うとおり如月は明日香とはそもそも学校が違う。それでも、彼女を慕う人が多いため、そう見えていただけに過ぎない。
「とは言え。探りたくても本人が認めたくないのか隠しているのかは分からねぇが、ひょっとしたら暁の身に既に何か起きている……可能性が高いというのは、さっきのリアクションで分かったけどな」
「!」
先程の明日香のリアクション。それはいつも見ている明日香とは違っていた。本来の彼女であれば、すぐに「イエス」か「ノー」を答える。
それなのに、彼女は一瞬止まった。その後の答えはいつも通りにキッパリと答えたが。
「じゃあ、やっぱり学校で何かあったのでしょうか」
「さぁなぁ。学校なのかも知れねぇし、家かも知れねぇ」
「……」
「暁グループって言えば、番付にも出て来るほどの相当な金持ちだからなぁ。それに、秋華咲学園も金持ちばっかりが通うお嬢様学校だからなぁ。普通の人間じゃ分からねぇ悩みがあるんじゃねぇか?」
「……」
確かに、如月と明日香の環境では雲泥の差がある。だからこそ、たまに不安になってしまうのだ。
「おい」
「はい」
「お前さん『なんで私なんかと友達になってくれんだろう?』とか思ってんじゃねぇよな」
「え」
「顔に書いてあるぞ」
瑞樹に指摘され、如月は思わず自分の顔に手を当てる。
「不安になるのも無理ねぇけど。でも、暁は別にお前さんを取り巻きにしているとかましてやイジメてなんていないんだろ?」
「はい」
「むしろ、お前さんの心配をしてここまで来ている。普通の友人よりも大切にされていると俺は思うけどな」
そう言って瑞樹は腕を組みながら「ふぅ」とため息を零す。
「まぁ、世間的に『金持ち』は良くも悪くも見られる。さっきも暁本人が言っていたが、俺が美人と言った時『色々な人に言われる。それがお世辞でも』って言うのはそういったところだろ」
瑞樹はそう言って「はぁ、やれやれ」と首を振る。多分、暁の家が金持ちだと知って彼女にすり寄ってくる人間の事を入っているのだろう。
「随分……詳しいんですね」
「ん? まぁ、こういった仕事をしていれば色んな人に会うんだよ」
如月の言葉に瑞樹はサラリと答えたが、如月はふと「あ、誤魔化された」と感じた。でも、それを「どうして?」と聞かれても答えられない。それくらい、ふとそう感じたのだ。
「あ」
「あ?」
「瑞樹さん、私は『お前さん』じゃなくて『如月』です。いいかげん慣れて下さい」
そう如月が言うと、瑞樹は一瞬固まり。そして突然なぜか「ははは! 悪い悪い!」と目に涙をためながら大声で笑う。
「全く、うん?」
「どうした?」
「いえ、今何か光った様な……」
如月はふと何かが光った様に感じ、床を見ると……。
「あ」
「ん? コレは……万年筆か?」
「ここのですか?」
「いや? こんな上等そうなモノなんて置いてねぇよ。それに、昨日掃除した時点では見てねぇし、今日は暁と如月しか来てねぇし」
そう答える瑞樹に対し、如月は「そうですよね」と返しながら万年筆を見ていると……。
「あ、そういえば」
「どうした」
「いえ、そういえばよく明日香がボールペンの代わりに万年筆を使っていたなと思いまして」
如月がそう言うと、瑞樹は「ほぉん。じゃあ決まりだな」と言ってニヤリと笑う。
「え」
「ちょうど良いから明日届けようぜ。仕事もねぇし」
「え、でもさすがに突然行くのは……」
「如月も気になってんだろ、暁の事。それに、もしかしたらなくした事に気がついて困っているかも知れねぇし」
そんな事を言われてしまえば、実際に気になっている如月としては断りにくい。
「わっ、分かりました」
「よし」
如月は渋々答え、二人は明日香が通う秋華咲学園に行く事になったのだった――。
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