第6話


 そもそも、唯一無二とも言って良い友人が何かトラブルに巻き込まれているとしたら、何とかしたいと思うのもまた友情だろう……と言うのが如月の持論である。

 そして、明日香がたとえ困っていたとしてもそれを言わずに隠してしまうという事を如月は知っている。


「こっ、ここが」

「秋華咲学園だな」

「おっ、大きい」

「ここは中高一貫。なおかつすぐ後ろには大学もある。高校時代の成績が良ければそのまま推薦で大学にも行けるらしいな。しかも、女子大学」


 そう説明をする瑞樹に対し、如月はとにかくその外観に圧倒されっぱなしの様だ。


「そう言や、如月は桜花咲高校に通っているんだよな」

「……はい」

「それも十分すごいけどな。あの辺りじゃ偏差値一いちを争う進学校だろ? 秋華咲学園は『金持ち』っていう印象が強いが、桜花咲高校にも『金持ち』は多いよな」

「そうですね。私の周りでも結構そういう人はいますね」

「テストも大変そうだな」

「はい、テストはいつもいっぱいいっぱいで」


 如月はそう言いながら照れくさそうに自分の頬を掻く。


 しかし、正直なところ。彼女にはその『桜花咲高等学校に通う』しか高校に行く方法がなかったのだ。

 そして、その理由の原因は言うまでもなく母親の浪費と頑固な性格である。


 一応、如月の家の周りには瑞樹が言うとおり桜花咲高等学校以外にも高校はあった。現に前回のストーカーの犯人は教会近くにある高校の先生だった。


 だが、如月の母親が「塾に通わせているのだから、この学校の受験を失敗したら高校には行かせない」と突然言い出したのだ。


「まぁ。如月に聞いた母親の感じじゃ、おおよそ自慢したかったんだろうな」

「……」


 正直、当時の如月は「無理だ」と思っていた。それくらい、当時の彼女の成績は桜花咲高等学校を受けるにはギリギリだったのだ。

 おおよそ、母親が見栄を張りたかったのだろうとは思うが、仮に受験に失敗した時の事を考え、如月は死にものぐるいで勉強をし、何とか合格。


 しかも『授業料免除枠』に滑り込んだ。ただ、その枠で合格したために、如月は毎回テストで大変な状態だった。


「自分の娘があの学校に通っているって。ついでに、他にも偏差値が高い学校はあるのにその学校を指定したのは、電車代を出したくないためだろうな」

「多分……そうだと思います」


 一応、目の前にある秋華咲学園にも奨学金制度もあり、かなりの難関ではあるが中等部じゃなく高等部から入学する事も可能だ。

 自慢をするのなら、こちらの方が自慢のしがいはありそうだが……如月の母親がそれを言わなかったのは多分、それが理由だろう。


「さぁて、お嬢様学校というだけあって警備員も立っていて中に入るのは不可能……と」

「どっ、どうしましょう」

「ほとんどの生徒はあのバカでかい校門の近くに車を止めて登下校をするみてぇだな」


 チラッと様子を窺う瑞樹に、如月はあまりにも場違いな自分に思わずオロオロしてしまう。


「まぁ落ち着け。最悪警備員さんに言って渡してもらうか塾で渡せばいいだけの話だ」

「……」


 サラリと言われた瑞樹の言葉に、如月は思わず「それで良いのならわざわざ来なくても良かったじゃないですか!」と言いたい気分になった。


 しかし、明日香が普段どういったところで勉強しているのか気になっていた事もあったので、グッとその言葉を飲み込む。


「……と、あれか?」


 そう瑞樹が言ったところで、如月も一緒になって様子を窺う。


 確かにそこには明日香と同じく切れ長の目に、直毛で明るい茶色っぽい色をしたボブヘアの女子生徒が校門をくぐって出て来た。


「よし、行け」

「はっ、はい」


 瑞樹に万年室をもらい、背中を押された如月は小さく頷いて他には目も暮れず明日香に近づき、そして「あ、明日香」と声をかけた。


「ゆっ、優希!? どうしたの、こんなところで」

「え、えと。その、昨日。コレを忘れたみたいだから」


 そう言って万年筆を渡すと……。


「あ、コレ。良かったぁ、探していたのよ」


 明日香はホッとした様子で万年筆を握り、笑顔で如月に「ありがとう」とお礼を言う。


「そっ、そんな。でも、良かった。大切なモノなんだね」

「ええ、コレは――」


 そう明日香が説明をしようとしたところで……。


「あら、暁さん。ごきげんよう」


 この声を聞いた瞬間。明日香も「げっ」と思わず声をもらした。多分、聞こえたのは明日香のそばにいた如月だろう。

 しかし、如月は「ここ最近、明日香の新しい一面を見ているなぁ」と呑気に思っており、この後に起きるであろう事など全く知るよしもなかった――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る