第9話
「あれだけの事件が起きたんだから、しばらくは控えると思ったんだがな」
瑞樹はそう独り言を呟きつつ、木陰にいた人物の肩を掴む。
「!」
突然肩を掴まれた事に驚き、すぐに瑞樹たちの方へ振り返ったのは……なんとこの公園の近くにある学校の先生だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
電話に出た瑞樹曰く、瑞樹の読み通りおやっさんが証拠品を触った瞬間。全くなかったはずの指紋が浮き出たらしい。
「で、照合した結果。五年前の事件で使われたモノと一致した。しかも、指紋もバッチリ残っている」
通常そんな事になれば、おやっさん自身が疑われそうなところだ。
しかし、そもそも『怪異』に関する係があり、おやっさんを配属している時点で、多分『怪異』に関してそれなりに理解があるのだろう。
そうして捜査線上に浮かび上がったのがこの先生だったというワケだ。
「いや、おやっさんが電話をしてきてからそこそこ時間が経っているところを見ると……絶賛逃げている最中ってところか?」
瑞樹がそう言うと、先生は「なっ、なんの事でしょう?」と白々しく笑顔で答える。
「いやぁ、こんな時間になぁんで先生がいるのかなぁと思っただけだ」
そう、今の時間はちょうど夕暮れ時。通常であれば生徒たちが下校し始める時間帯だ。
「そっ、それは……その」
「俺の見立てでは、学校に警察が来て慌ててここに逃げ込んだんじゃねぇかなと思ったんだが?」
「なっ、なんで私がそんな事をしなければいけないんですか!」
「なんで……って、そりゃあ。何かやましい事があるからじゃねぇか?」
瑞樹はそう言いながらチラッと芝生の方を見る。
「でもまぁ、今更証拠品になりそうなモノを破棄しようと思ったんだろうが……普通に考えて、物なんてほとんど残ってねぇよ。鑑識が全部持って行っちまっているんだからよ」
「!」
先生はその言葉にと瑞樹の態度に対し拳を握りしめていたが、瑞樹は「間抜けだな」と言わんばかりに笑いを堪えていた。
「かっ、仮に私が犯人だとして、動機はなんだって言うんですか?」
「は? 証拠があるのに動機を聞くのかよ」
平然を装うとしてその質問をしたのだろうが、その姿はむしろ滑稽にしか見えない。
「でもまぁ、大方ストーカーされている事を他の先生に言おうとしたところを口封じしたってところじゃねぇか?」
「……」
しかし、無言のままワナワナと体を震わせている先生を見て、瑞樹は「お、ビンゴ?」とまたも笑いそうになっている。
「あ、あの女がいけないんです! ちょっと可愛いからって人の心配を無下にして!」
「いやいや、心配も何もただの犯罪じゃねぇか」
笑いを堪えていた瑞樹だったが、今度は呆れた様子で言った。しかも、ただの正論である。
「まぁ。人の心配するのは悪くねぇよ。でも、あんたのそれは迷惑でしかない。それに、本当にただ心配だからってしていたワケじゃねぇんだろ?」
瑞樹に指摘されて、先生は「ぐ」とたじろぐ。
「どうせ好みのタイプだったからって後を付けていたんだろ? 下手な言い訳せずに言えば良いだろ」
そんな二人の様子を如月は少し離れたところから見ていた。
「うるさい!! 私に好きだと言われる事自体光栄な事なんだ! それをあいつらは!」
「いや、二度も同じ事するって……」
瑞樹は呆れきった様子だったが、先生が「うるさい!」と一蹴した後に大声で言った内容はどれも聞くに堪えないモノだった。
「ほぉん。なるほどなぁ、犯罪は認めるが反省するつもりはないと」
「ハッ! なんで私が反省しなければいけないですか! 彼女たちがいけないんです!」
瑞樹さんの言葉に犯人の先生はそう勝ち誇った様に言っていたが……。
「?」
なぜか先生がこちらを見ながらどんどん強ばっていくのが分かり、如月がふと後ろを振り返ると……。
「!」
「ギ……ギ」
如月のすぐ真横にうごめいている禍々しい『一つ目の黒い塊』が……いた。
ただの塊の様に見えるが、それからは左右に大きな手の様なモノが生えている様に見え、目は忙しなく周囲を見渡している。
「……」
如月はそれを見た瞬間、本能的に口を閉じ、手で口と鼻を覆った。それこそ「コレが怪異……」とか言っている暇はない。
とにかく「物音を立ててはいけない」とか「声を出してはいけない」それらが本能に言っている様に如月には感じていた。
どうしてそうしたのか、明確な理由はない。本を見て知っていたとかテレビで見たとか……そういった事もあるのかも知れない。
「反省の色さえ見えれば……って思っていたが」
しかし、そんな如月とは打って変わり瑞樹は平然と話を続けて先生に近づく。
「まぁ無理だよな。反省も何もなく性懲りもなくまた繰り返したんだからよ。楽しかったか? 女の尻を追い回すのは。辺りを見渡しておどおどしている女を見るのは」
「ヒッ!」
そして、瑞樹がその言葉を言い終わったとほぼ同じタイミングでその黒い塊は「ギィア!!」と叫び声を上げ、如月がいたところから先生がいる方向へと生えている大きな手を使って一目散に駆け出した――。
「ッ!」
如月はついに腰を抜かしてしまっていたのだが、黒い塊はそんな如月には目もくれず、先生の方へもの凄い勢いで追いかける。
「うわぁー! あー!!」
先生は情けない叫び声を上げながら必死に走り、そのまま公園の外へ向かい……道路へと飛び出した――。
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