第8話
一度教会に戻り、如月と瑞樹はお茶を飲んでいた。
「あの」
「ん?」
昨日と変わらない様子の瑞樹に如月はおもむろに尋ねる。
「ごっ、五年前の事件って……って一体」
「ああ、さっきの話か」
先程聞いた話では、被害者の人相ぐらいしか分からず、如月はずっと気になっていたのだ。
「まぁ、俺が知っているのはせいぜい新聞やニュースで当時流れた程度の情報だけどな」
「え、でもさっき」
「確かに、今回の一件にこの事件の被害者が関係しているとは言った。だが、当時はまだ関係はない。むしろ、あの事件がきっかけで『怪異』は生まれちまったと言っても過言じゃねぇって話だ」
「……」
そう言いつつ瑞樹は適当にお菓子を漁って手に取る。
「あの」
「ん?」
先程はあまり深く追求しなかったが、殺人の犯人が如月のストーカーをする事は物理的に不可能と言う話だった。
「じゃあ、私の後ろにいたのってひょっとして」
「ああ、そういえばさっき言っていなかったんだな」
思い出した様に瑞樹は答える。
「でも、その様子じゃあ。何となく分かっているみてぇだな」
「え、あの。でも、確証はないと言うか……その」
実際にこの目で見たわけではない。それだけで『自信』と言うモノは簡単になくなる。
「笑わねぇよ。むしろ合っているだろうからな」
こういった時にそう言われると、とても安心するのはなぜだろうか
「あの、もしかして。私の後ろに付けていたのって『怪異』だったのですか?」
自信はなかったが、口に出して改めて思い返してみると不自然なところはあった。
その最たるところが「カサカサ」とした『音』である。
普通に考えてアスファルトの上を歩いてそんな落ち葉を踏むような音はしないはずだ。
その事も瑞樹に言うと……。
「多分。それも今回の『怪異』の特徴だろうな」
「特徴……ですか」
「ああ。一言で『怪異』って言ってもそれぞれに特徴があるんだよ。そいつで言うと、多分。被害者の亡くなった場所が関係してんだろうな」
瑞樹はそう言いつつまたお菓子を一つつまむ。今度はチョコレートだ。
「さっき行った事件現場。あそこは芝生だっただろ。そして、五年前の事件もあそこで起きた」
「そっ、それってつまり……」
「コレはあくまで憶測だが、如月の後ろを付けていた『怪異』はあの場所で発生したモノだと考えられる」
「でっ、でも。どうして『怪異』は私に?」
如月が更に質問をすると……瑞樹はチラッと如月のコートを見た。
「多分、如月をその犯人と見間違えたんだろうな」
「え?」
「実のところを言うと『怪異』ってヤツは目が悪い。だが、恨みや妬みなどの記憶から本能的に相手を探すところがあってな。その記憶の中に如月のコートによく似たモノがあったんだろうな」
「そっ、そんな……」
瑞樹からの話を聞き、如月はその場で落ち込んだ。
「まぁ、でも。その『怪異』は途中で諦めた。なぜか分かるか?」
「こっ、この教会に来て他の人に出会ったから……ですか?」
そう答えると、瑞樹は「いいや違う」と首を左右に振って否定する。
「如月のコートから如月以外の人間の存在を感じ取ったからだ」
「え?」
「昨日、自分で言っただろ。コレは父親の遺品だと。あいつら『怪異』は匂いや気配の察知に優れている。まぁ、普通はコートを着回すって事をしないから『怪異』もおかしいと思ったんだろうがな」
「……」
瑞樹はそう言いつつ「そもそもだ」と更に話を続ける。
「誰がなんと言おうと如月は被害者だ。それは間違いねぇよ。だから、守ってくれた父親に感謝しておけ」
そう言うと、そのままそっぽを向いてしまった。
「……瑞樹さん」
「なんだよ」
「ありがとうございます」
如月は涙ながらにそうお礼を言った。それに対し瑞樹は「分かればいいんだよ」とぶっきらぼうに答えた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「それにしても、目撃者とかいなかったのでしょうか?」
如月が尋ねると、瑞樹も「そうだな」と頬杖をつく。
「あそこはだだっ広い芝生だ。いくら真夜中とは言え、目立つだろうが……時間帯的だけ言えば人はあまりいないだろうな。それに、そこら辺は警察が調べているだろう」
「それに、どうしてそんなところに被害者がいたのかも気になります」
「……となると、やっぱり『呼び出し』の線が濃厚だろうな。しかも、五年前の事件は凶器すら見つかってねぇし、凶器の形状や犯行の手口も似ている。それらを踏まえて考えると……」
「五年前の事件も今回の事件も……」
「同一人物の可能性は高いだろうな」
しかし、二人は「いまひとつ決め手にかける」と無言になった。
「まぁ、後はおやっさんの方がどうなったか……だな」
「そうですね」
おやっさんは証拠品を再度確認する為に一度警察署に戻っている。瑞樹さんの見立てでは『怪異』が意図的に事件の真相を分からない様にしているらしいが……。
「――と」
そんな時、突然事務所の電話が大音量で鳴り響いた――。
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