第6話
「――で、俺に何が聞きたいんだ」
「え」
おやっさんの言葉に驚いたのは如月だ。
「呼ばれたんだよ。この坊主に」
そう言って瑞樹の肩に手を回して肩を組む。
「ちょっ、おやっさん。俺坊主って言うほどガキじゃないですから」
「ああ? 俺から見れば成人していようがお前さんはまだガキだ」
相当仲が良いのだろう。二人はそう言って笑い合っている。
「ところで坊主。また随分可愛らしい子を誑かしたな」
「おやっさん、言い方」
「でもなぁ。デートならもっと良いところに連れて行けよ。こんな事件現場なんて、色気も可愛げもない……」
「いや、彼女じゃねぇし。そもそも誑かしてねぇよ」
「ん? そうなのか?」
おやっさんはキョトンとした様子で「じゃあ、この子は?」と言わんばかりに瑞樹を見る。
「はぁ、事件が発生したと思われる時間の少し後にストーカーの被害を受けた女子高生だ」
瑞樹がそう言った事によって、おやっさんはようやく自分の発現の問題に気がついたらしく、顔を真っ青にして如月を見た。
「?」
しかし、如月は二人のやり取りをただ「仲が良いなぁ」としか見ていなかったため、全然気にしていない。
むしろおやっさんが顔を青くしているのを見て「え、突然顔を青くしているけど、大丈夫?」と思っていたくらいだった。
「すまん!」
「え?」
だが、おやっさん自身がそれをなかった事。ないがしろにするつもりはなく、如月に向かって頭を下げて謝罪した。
「いくらなんでもデリカシーのない話をした。すまない!」
「いっ、いえ。私は全然気にしていませんから! 頭を上げてください」
如月がそう言うと、瑞樹も「そうそう」と頷き。
「むしろ、なんで謝っているんだ? って思っているぞ。この顔」
そう続けた。
「……」
正直何か言ってやりたい気持ちの如月だったが、間違っていないので黙る事にした。
「で、俺に聞きたい事ってなんだ。今はむしろ、このお嬢ちゃんの遭ったって言うストーカーの犯人を捜す方が先決じゃないのか? もしかしたら、そのストーカーの犯人が事件の犯人かも知れないだろ?」
そう言っておやっさんは如月の方を見る。
「ああ、それなんだけどよ。ちょっと気になる事があって……」
瑞樹はそう言いつつ、手に持っていたアイパッドの電源を入れて画面を表示する。
「?」
「?」
如月とおやっさんはお互いに瑞樹さんの言う「気になる事」が分からず首をかしげていると……。
「お、コレだコレ」
瑞樹はあるネットニュースの記事を二人に見せた。
「? なんだ。コレは」
アイパッドを受け取ったおやっさんはおもむろに眼鏡を取り出してその画面を見る。
「その記事によると、事件が起きたのは如月が俺のいるあの教会に来る三十分ほど前と推定されている」
「そう……ですね」
今朝見た新聞にも死亡推定時刻は記載されていた。
「でも、私。あの時は時計を見ている余裕がなくて……」
時間を確認したのは塾が終わってからと、友人に電話をかける様に瑞樹に促された時だ。
「それなら大丈夫だ。ちょうど俺が風呂から上がったタイミングで一度見ている」
そう瑞樹が言うと、おやっさんは「風呂から出たタイミング?」とさらに首をひねる。
「ああ、こいつが来たタイミング。俺が風呂から出たところに突然入って来たからな」
瑞樹の言っている事はその通りだが、色々と誤解を生みそうな言い方で、如月は「あっ、あの時は避難出来そうな場所がなかったので。あの部屋、昔は空き部屋だったので」と急いで付け加えた。
「ああ、なるほど。昔あの教会に遊びに来ていたのか」
「はい」
「ふーん、だから誰もいないだろうって思ったワケか」
「むっ、昔はそうだったので」
如月がそう言うと、瑞樹は「ふーん」とどこかつまらなさそうに言う。
「?」
「ああ、気にするな」
瑞樹の態度に如月が不思議そうにしていると、おやっさんはニヤニヤとした表情で答える。
「こいつ、自分の知り合いで知らない事があるとこういった顔をするんだよ。だから、お嬢ちゃんが昔あの教会に来ていたって事を知らなかったから、拗ねてんだ」
おやっさんがニヤニヤしながら言い切ってすぐに、瑞樹は「話を進めるぞ」と食い気味で咳払いと共に二人の間に割って入った。どうやら図星らしい。
「で、如月も知っての通りあの公園はかなり広い。そして、遺体が発見されたのは如月がストーカーされた場所の反対側だった」
「はい」
「ここからあの場所まで行こうと思うと、よほど足の早い人間じゃないと無理だろう。しかも、息も切れるだろうしな」
「あの、それじゃあ。ストーカーの犯人は事件の犯人じゃないって事ですか?」
おもむろに如月が聞くと、おやっさんは「おいおい」とそれに反応した。
「ほぼ同時刻にストーカーが二人いたって事か? それはないだろ」
「なぜそう言い切れる?」
「単純な話だ。リスクが高いって事だよ。仮に二人いたとして、お互いの利害関係が一致して共犯関係なら話は別だが、そんな上手い話はそうそうない。むしろ、自分以外にストーカーをしているのを見かけたら相手の弱みを見つけて揺するんじゃないか? それこそ地位のある人間が犯人だった場合」
おやっさんの言う話は多分、刑事という仕事をしてきての経験から基づくモノだろう。だからこそ、なかなかに説得力がある。
「そうだな。確かに『人間』は自分より地位が上の人間を貶める傾向にある。だが……」
瑞樹は真剣な眼差しで声を低くする。
「あっ、あの。ひょっとして……」
そうして如月が思い至ったのは、瑞樹の『怪異』という言葉だった。
「俺はその可能性が高いと思っている」
如月がそれを言う前に瑞樹はそう断言した。
「いやいや、待て待て!」
コレに反応したのはおやっさんだ。
「そんな『怪異』なんて、そう簡単に出ないだろ? それに、仮に『怪異』が関わっていたとして、実体がないのにどうやって事件に関わるんだ」
おやっさんの言葉を受けて、瑞樹は「ああ、その事」と言わんばかりに頷く。
「そういえば、ここで似たような事件あったよな。確か五年ほど前に」
「あ? ああ」
唐突に話が変わり、おやっさんは瑞樹の言葉に頷きながら答える。
「しかも、まだ未解決」
「確かに未解決だが……おい、まさか」
おやっさんは驚いた様に瑞樹を見ると……。
「そのまさか……じゃないかって俺は思っている」
瑞樹は小さく笑いながら「いや、でも」と言っているおやっさんに言った――。
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