第1話 通学
「それより、歩きながらの読書は危ないよ」
小さく注意すると、飛鳥はブラックコーヒーを一口すすって、
「大丈夫だよ。隣に日向が居るから」
ボソッとそう言った。普段、半分パシリのように僕をこき使ってくる飛鳥なのだが、ごく稀に見せてくれるこの可愛らしい表情に、僕は振り回されてばかりだ。
「顔。気持ち悪い」
「ご、ごめん」
飛鳥のその一言に、僕は慌てて顔を隠す。多分、さっきの飛鳥の言葉を聞いて、顔が緩んでしまったんだろう。それにしても『気持ち悪い』は流石に傷つく……。
まぁ、いつも通りこんなテンション感の会話をしていると、正面から高校生と思われる男子二人が、こちらをジロジロ見ながら歩いてくる。
『なぁ、あの人めっちゃ美人じゃね?』
『それな! てか、隣の人って彼氏?』
『さすがにないだろ! 不釣り合いすぎるし』
『じゃあ何?』
『幼馴染みとか。兄妹とか?』
男子高校生たちは僕を嘲笑する声と、軽蔑するような視線を向けてくる。こんなことを言われて、こちらもいい気分というわけにはいかないのだが、自分でも飛鳥と釣り合っていないと思うことがいくらでもあるため、何も言えない。僕は俯いたまま男子高校生の隣を通り過ぎようとすると、飛鳥が突然ふたりの前に立ちはだかって、突き刺すような視線を向けた。
『ひっ!』
飛鳥の鋭いまなざしに、二人は情けない声を出して足をピタリと止める。
「私の彼氏をバカにするな!」
足を止めて、怯える男子高校生に追い打ちをかけるように飛鳥はそう言って、右手を振り上げ、さらに鋭い視線を向けた。そんな強い言葉を聞いた男子高校生たちは
「すいませんでした!」
と飛鳥の前でペコペコと頭を下げて、そそくさと立ち去って行った。
「はぁ……」
飛鳥は男子高校生たちの背中から視線を外すと、小さくため息を吐いてコーヒーを喉の奥に流し込んだ。
「あ、ありがとね。飛鳥」
「……」
飛鳥からの返事はない。それが飛鳥らしくて、とても心地よい。僕は、こんな飛鳥が大好きだ。
それでも、さっき言ったように僕は飛鳥に釣り合っていないと思うのだ。勉強も、運動も良く言って中の下。顔面偏差値なんて言葉を出されたら、四十を下回るくらい。とまぁ、見た目も中身も超絶ビミョー。こんな何の取り柄もなくて、コレと言った魅力もない僕の彼女が、容姿端麗で、すらりとしたスタイル抜群の誰もが羨むような女性であるわけがない。今でも、僕は最高の夢を見ているのではないかと疑う時が何度もある。
飛鳥は見ての通り、多くを語るタイプではなくて、どうして僕なんかを選んでくれたかなんて教えてくれることはない。何回か勇気を出して聞いてみたが、いっつも読書に逃げて答えようとしてくれない。もしかしたら、壮大なドッキリ企画みたいな、そんなお遊びで、何時かネタばらしをされるんじゃ、と考えることもある。
僕が、そんな飛鳥と出逢うことになったのは、高校二年生の春の事だった。あの日も、今日みたいに空が澄んでいて、桜が美しく咲いていた。そんな、すごく気分のいい日だった――。
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