一分

杜侍音

一分


「君、寿命残り一分だから」

「……はい?」


 病院の診察室で俺は前置きなしにそう告げられた。

 残り一分……? そんなことある⁇


「ガチですか」

「うん。ガチ」


 あまりにも衝撃的な事実に脳の処理が追いつかない。突然街中で倒れ込んでしまい、一緒にいた友達が救急車を呼んでくれたこと、そこからは記憶がない。

 てか、何でこんな前例のないだろう宣告を前にして医者と傍らに立っている看護師は落ち着いていられるんだよ。

 医者は白髪混じりのおっさんで眼鏡をかけている。医者の不摂生とは彼を指しているかのように腹が出ていて太っていた。

 対して看護師はめっちゃ美人でスタイルの良い女性だった。年齢は30前後だろうか。あとおっぱいがデカい。


「52、51──」

「カウントダウン始めないで⁉︎」


 目の前の医者は失礼なことに命の刻限を数え始める。

 ちょちょ……! そんな風にされたらめっちゃ焦ってきた!


「何かやり残したことはありませんか? もう死ぬんですから、後悔はない方が良いですよ」


 ダイレクトに言うなこの看護師⁉︎ 何もできんだろこの時間じゃ⁉︎

 けど、やっぱり最期と言えば大切な人、お世話になった人に感謝を伝えることだよな。

 俺をここまで育ててくれた実家の両親、救急車も呼んでくれたいっつもつるんでばかりいる友人たち、迷惑ばかりかけたけどずっと信じて支えてくれた結婚を約束した恋人、会社の同僚、恩師、幼馴染──あぁー! ありがたいことにたくさんいすぎて電話かけるにしても時間がない‼︎


「さんじゅはーち、さんじゅななー、さんじゅろーく──」


 くそ! 医者のカウントダウンが適当になってやがる!

 仕方ない、感謝の言葉はほぼみんな見てくれてるツイッターで!


「こちらスマホです」


 看護師さんが持ってくれてたのか、こうなること予測済みだよなクソッ!


 パパパパパパッ、シュポッ


「残り20秒だねー。他にしたいことある?」

「20秒もないってのに何ができるんだよ!」

「そうだね。最期なんだしおっぱいでも揉むかい?」


 え……⁉︎ その、美人看護師のでっかいおっぱいの……⁉︎ いいのか⁉︎


「いや僕の」


 医者かい! 揉みたくねぇよそのブヨブヨの雄っぱい!


「それでは5秒前です」

「「ごー」」


 ちょ、二人で最期のカウントダウンを言わないで⁉︎


「「よーん」」


 何でそんなやる気ないの⁉︎ 何でそんな顔無表情でいられるの⁉︎


「「さーん」」


 こいつら本当に医者か⁉︎ もっと去りゆく命にホスピタリティ持って接してくれないの⁉︎


「「にー」」


 てか、俺の病名何⁉︎ 俺は一体何で死ぬの⁉︎ どうやって死ぬの⁉︎ こわぁっ⁉︎


「「いーち」」


 うわぁぁぁあ‼︎ もうダメだぁぁぁ‼︎


















 ──あれ、生きてる……? 俺、今も生きてる?

 身体は触れる、あったかい。景色も鮮明に見えるし音も聴こえる、涙も流れて、荒い呼吸もしてる。

 ここはあの世じゃあるまいし、目の前には腹立つ医者と看護師がいる。ん? いつの間にか看護師が何か持ってる。


「てってれー」

「「ドッキリ大成功」」


「……は? ど、ドッキリ?」


 看護師が持っていたのは看板。ドッキリ番組でよく見る派手な色で塗られたお決まりのあの看板。


「寿命が残り一分とかあるわけないじゃないか。ドッキリだよ、これ一度やってみたかったんだよね」


 何が「だよね」だ! こっちは本当に死ぬのかと、てかドッキリのせいで寿命短くなったぞ間違いなく‼︎

 けど、良かった……俺はまだ生きていられるんだ。


「じゃあ病気ってのもドッキリだったんだな……」

「いや、それはホント。もう治らないしもうすぐ死ぬよ。本当の寿命は一分半だから」

「え?」

「つまりあと1秒」


 こんのクサレ外道がァァァアア──────

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一分 杜侍音 @nekousagi

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