会食の最中で…。

鈴木の前で……会長は、ゆったりと深く座椅子に腰掛けていた。会長の小淵は、娘を秘書にして

くれて…ありがとう。


『助かったよ…鈴木君』ワハハハっ!と景気良く笑っていた。鈴木としては…笑ってられなかった。

小川に自分の守りたい女性を…任せるだけ

任せておいて…体裁の為に仕事に戻った自分を…


責めていた。鈴木は顔が青ざめていて…脂汗も額にかいていた。


小淵秘書の父親である、小淵会長は、葉巻を味わいながら…久し振りに食べた、豪華な海鮮の鍋の味を…

思い出していた。


『あぁ…鈴木君。何かさっきから…落ち着かないねぇ?…何だ?一体…』


話してくれたまえ…。

ワハハハ!と会長はご満悦だった。小淵会長は、お座敷遊びが…とても、好きだったので…。


どうだ?鈴木君。この後は時間はタップリあるだろう?

この台詞は、小淵会長としては…是が非でも

お座敷遊びをしたいと言う意味でもあり…鈴木と次なる取引の話もしたそうだった…。


こんなチャンス…滅多に無いよな?……

鈴木は、感情を押し殺し…

今は…仕事を優先しなければ、と複雑な表情を…表していた。

背中に伝う汗……鈴木は理性で…ラブの危ない状況を考えない様にしていたのだが……


いつしかの愛し合った日が、鮮やかに色どられ…美しい想い出に、気持ちが揺らぎ始めた。


鈴木は、握りこぶしを…ひざの上で…握り、堪え忍んでいた。


いつもと反応が違う鈴木に、小淵会長は気が付いてない訳ではなかった。

小淵会長は、鈴木の本心をあぶり出すべく……


娘に聞いた昼間の出来事を…あえて話し出した。

鈴木君?きみ……


奥さんとは…いつ別れたんだね…?うちの娘が

君の話を、いつもいつも自慢するものだからな……ハハハっ!嫁が欲しくなったら、

いつでも言いたまえ…。


うちの娘は、自慢の娘だからのぉ…。どうだ?

あっははは!

小淵会長が、いつもの、話のお決まりのパターンに持ってきた。


今までは…妻が、家庭が、と断ってきたのだが…。その頼みの綱の…断り文句も通用しなくなってきたのだ。


鈴木は目をつむった。

(俺……終わるのか?…こんなところで終わるのか?……ラブが本命だって何故いけないんだ。)


クソッ!と鈴木は自分に腹がたっていた。

と…その時、小淵秘書がメモ用紙を

鈴木に置いていった。


鈴木が、メモに目をやると……

(無事に届けるから…事件解決した。)

と書いてあった。そのメモを読んだ鈴木は、

小淵会長に、目線を合わせて…こういった。


『お座敷遊びよりも……楽しい現実のが、僕は好きです。例え…社員すべてを敵に回したとしても……俺は俺である為に…。ですから小淵会長、取引先としては……うちは大歓迎ですが。』


鈴木は言葉を選びつつ、小淵会長に、付け加えた。


『小淵秘書は大変仕事を頑張ってくれてます。仕事とプライベートは、僕ならば完全に別モノとして考えております。ですから…小淵会長とも…お世話になりっぱなしですが…良い意味での、人生の先輩として、今後もお付き合い願いたいと…存じます。』


む!と小淵会長は、鈴木の決意にも取れる言葉を聞いて……ますます鈴木に興味を持った。


小淵会長は、景気良く笑っていた。

『少々、鈴木君を試したかっただけじゃ、娘から聞いておるぞ!大事な人が居ると……鈴木君、男を磨いたな…この数週間で……ワシは、その言葉に嘘偽りが無いことを…信じてみよう!』


鈴木は途端に笑顔になった。それは、鈴木という一人の人間として、

または経営者として、今後を期待しているぞ!


という小淵会長からの、優しい言葉だった。


『取引先として、鈴木君のところに任せてみよう!今後が楽しみじゃ。』

小淵会長は、それから軽くビールを一杯飲み…


『鈴木君、付き合ってくれんか?悪いな…。』

と言いつつ、小淵会長は


掃き溜めの様なボロボロの屋台に着くと、おでんが、実は一番の好物じゃ。鈴木君だけに…教えておこうかな!?


小淵会長の人生論を、いつまでも…いつまでも…鈴木は真剣に聞いていた。

日本酒を片手に…熱燗を大事そうに飲む、小淵会長を横目に……


鈴木は何故だか、晴れ晴れした気持ちになっていた。

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