第2話「見えない光」
「失礼します」
扉を叩いてからしばらくしても返答がないので、ぼくはゆっくりと扉を横にスライドし、病室の中を覗き込んだ。
案の定、病室には寝ている伯父さん以外、誰も居なかった。
(母さんは…もう帰ったのかな?)
僕はそんなことを考えながらゆっくりと扉を閉め、伯父さんの寝ているベッドの横へと歩み寄っていった。
「こんにちは、伯父さん。調子はどうですか?」
残念ながら伯父さんの反応はない。
(まぁ、そうだよな…)
軽く短い息を吐いた僕は周囲を見渡し、近くに置いてあった椅子を引き寄せて静かに腰を下ろした。
そして横たわる伯父さんの全身をゆっくりと何かを確かめるように眺めた。
(やっぱり光はないか…)
そう、伯父さんには光がなかった。
頭、正確には脳に定着している光がない。見えない。
他の人には見える光が仮に魂とするなら、その光のない人の身体とは一体何なんだろうか…?
ふと沸いたそんな疑問と数分向かい合っていると、突然後ろの扉が開く音がした。
「あら彰!早かったのねぇ」
母は意外そうなトーンで話しながらも、さほど興味なさそうに閉めている扉の方に身体を向けながら僕にそう言った。
「まぁ、午後の講義に出る都合もあってね」
「あぁ、あんた今日は午後からだっけねぇ」
「そうだよ」
母の座る椅子を用意しながら、ぶっきらぼうにそう答えた。
「あら、ありがとう。明夫、元気にしてたかい?今日はお前の好きなみかんを持ってきたよ。ほら、いい香りだろう?」
香りが届くようにと枕元付近にみかんを置いた母は、そのうちの一つを取り、伯父さんの手に持たせた。
「早く食べれるようになるといいねぇ」
母の言葉に僕も心で頷く。本当にそう思う。
僕は母のようにたくさんの言葉をかけることはしていない。
なんだか恥ずかしい、という気持ちがあるのもそうだが、数年前に伯父さんに話しかけた時、突然よくわからない感情が自分の中からすごい勢いで湧き上がってきたからだ。
多分、そのまま会話し続けていたら泣いていたんじゃないかと思う。
その強い感情を恐れて、僕は途中で話しかけるのを止めてしまった。
それ以来、僕は声を出して伯父さんに話かけてはいない。
今は目の前のこの状況を、ふわふわした理解のままでいられているから、普段のように落ち着いていられるのかもしれない。
もし伯父さんに話かけて何の反応もなかった場合、現実と言う名の大波が自分に襲い掛かってきそうな…
その恐怖から僕は逃げているんだ、と自覚はしていた。
ブブッ
「誰?」
「ん…アラームだよ。そろそろ電車の時間だから行くよ」
「あらそう、気を付けてね。帰りは何時?」
「ん~?あいつら次第だけど…いいや、今日は帰ろう。6時頃かな」
「じゃぁ、久しぶりに家でご飯食べれるのね。何食べたい?」
「なんでもいいよ」
「そういう返事が一番相手を困らすのよ~。あんた彼女ができたら気をつけなさいよ?」
「いねーよ、そんなもん」
母の余計な一言を浴びながら、僕は病室を後にした。
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