誰にもいえない

新吉

第1話

 人にいえないことってありますか?

 そりゃありますよね。女ですもの、なんて。男でもそうでなくても、生きていれば。

 人にいうとどんなことが起きるか。相手が聞いてくれます、反応します。

 反応しない相手に話そうと思って、私はこの場所へきました。一面真っ白な雪景色の中。自分の足跡と息だけがある。それも真っ白な、この先に一本の松がある。どうやら長生きらしくて、支えの棒がたくさんついている。私は自分の格好がおかしくなった。グレーのモコモコなジャンパーとフードとマフラーと、手袋をして、少し後ろには車があって。雪景色ではあるけれど、豪雪地帯ではない。だからこの松もいる。すごく大きくて立派だけれど、風に揺られてとてもさむそうに見えた。


 こんな人の悩みなんて吹き飛ばしてくれると思って話しにきたけど、寒くなったから私は帰った。


 働けなくなった。今までどんなふうに働いていたかわからなくなった。人と話すのが辛くなった。私の悩みを相手に付き合わせるのが申し訳なくなった。


 悩みを話すと病院に行くことになった。お薬をもらった。悩みを話した。先生になら話せる。お薬が増えた。


 家にいると家族と話さなくちゃいけない。話すことで相手に悪影響な気がしてくる。


 彼氏がいれば、結婚してれば、子どもがいれば

 保険に入ってれば、貯金してれば

 もっと遊んでいれば

 もっと働いていれば

 これからの話もでてくる

 これから私はもとに戻れるんだろうか

 もとってなんだったんだろう


 お金が入ると出ていくシステムで、だいたい大型家電が壊れたり車がおかしくなる。誰かが怪我したり、そういうことってあるよね。ある。お金はないと困る、生活していけなくなる少し先が怖い。働こうと思うけどなにも出きる気がしない。自分が悪影響しか与えない何者かに変わったようだった。


「それで話し相手にあなたを選びました」


「誰かに何か言われたのかい?」



 悪口とか陰口のことをいうなら、そりゃ多少はあったかもしれない。でも私はいじられキャラだったし、冗談で。悪影響は、仕事柄。人に接する仕事だと余計に感じてしまう。それと、いつだったか人は二種類に分けられるって聞いて。与える人と奪う人、エネルギーを。ああ、私は奪うほうだな、いつもそうだ。励まそうと思うといつの間にか励まされている。泣いている人が怖いのに私も泣いてしまう。


「優しいんだね」


「それ、いつも言われる。優しくない。優しかったら本当はいわなきゃいけないことがいえない」



 話す、離す。優しい私なんていなかったんだ。優しくしたくて、話してきたつもりだったけど。奪っていくばかりだったんだ。相手から離れた方がいいんだ。


「話せてるよ、大丈夫」


「話せてるのかな?誤字とか言い回しがおかしくないかな。こんなのやっぱり誰にもいえない」


「言わなきゃいいよ、無理に言わなくていい」


「言いたくないわけじゃないの、苦しさはわかってほしいの。ああめんどくさい女なのはわかってる、」


「みんなそうだ」



 甘えられる人に甘えろ。簡単に言わないで、甘えて迷惑かけてそれでどうする。相談はする、でも甘えられない。お酒飲めないしね。薬飲んでるから。


「話し聞いてくれてありがとう」


「甘えないの?触ってもいいよ」


「いいの?」



 私は触っちゃいけないだろう木の皮に触れる。そのまま寄りかかって。雪がかからない。座るのにちょうどいい。背中を木に預けて、目をつむる、眠いなあ。朝まで寝たら死ねるかな、でもこんな目立つ松だし、気づかれちゃう前に行こう。


 立ち上がって、てくてくと歩く。元気なんだけどなあ。ちょっと眠くてだるくて、不安なだけで。体はいたって元気。口が頭が、うまくいかない。眠いなあ。


 悩みごとを話せなくなっていく。いえない病気。声に出せないから、文章にする、文章にしてもさらせないから溜まっていく。黙っていく。それでも頭の中にだけいれておくと、爆発しそうだからここに打ち込む。眠いのに変に冴えていて、言葉や文字が踊る。


 誰かといなくちゃ生きていけないのに、一人でいたい。でも一人は寂しくて、うっとおしい。お腹がすくのに腹が立つ。


 木はまた会いに行くと変わらずに立っていた。見た目にわからないだけで、私の愚痴を聞かされて、よりいっそう年老いたかもしれない。雪の重みできしんでいるようにも見えた。背が高すぎてその雪をはらってあげることもできない。なにもできない、そうおもいながらも、なにもしなくていいよと言われている気がして、自分の妄想の都合のよさに甘えた。


「ありがとう」


 友だちや家族に相談して解決することでもない。はなすことへの抵抗が少しだけやわらいだ。ああ、一人で閉じこもるようになる気持ちがわかる、今ならすごくわかる。触れてはいけない気がするのだ。感染る気がして。暗い気持ちが流行り病のように。


 だから、

 でも

 誰にもいえないことなんてない


 ひとりでいることなんてない


 楽しいことは悪いことじゃない


 ね?

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誰にもいえない 新吉 @bottiti

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