人形
飛辺基之(とべ もとゆき)
彼女という女の子
梓は、かつて俺のモデルをしていた女の子だ。悲しげな目が印象的な、ヴァージンという雰囲気の漂う少女だが、複雑に大人だった。彼女の処女性は、何かオリンポスの神々すらも引き込む魔力のような、底の深い恐ろしさがあった。
俺は修平。新進気鋭ではないが、イラストレーターをしている。その関係で、twitterから何から、突然繋がった相手がモデルになる事もある。
詳しい経緯は記憶してないが、梓もそんな感じで、いつの間にかモデルを頼んでいた子だった。
彼女はいわゆるメンヘラだ。パニック障害という事で、精神科に通院してる少女。梓はさすがに可愛いので、俺も少しは好意を抱いていた。
しかし、その梓は病の関係もあるので、突然鋭い言葉のナイフで切りつけてくる。決して悪意は無いのだが、その匕首の鋭さに、俺はしょっちゅう保身に回っていた。
梓を嫌っているのではない。
梓に怒っているのではない。
尖った言葉が怖いのだ。
俺も人間だ。
とはいえ、根はいい子なのはわかる。根がいい子だから、自分を守る為に言葉のナイフを突きつけてくるのだろう。自分の傷を隠して守る為に、刃物で戦っているのだ。
梓の俺に対する気持ちは分からない。
もしかしたら梓も俺に好意を抱いているのかもしれない。しかし、こういう少女だから、彼女の本心を探るのはすごく困難だ。
離れているのかと思うと突然近づいてくる。
近づいたかと思うと離れていく。
まぁ、この子との関係はどうしてもこうなってしまうのだろうと、半分諦めていた。そんな彼女がそうなってしまったのは、あの件の事だと思うが、今となってはもう確認出来ない。
彼女と普通にLINEしていて、彼女は先日応募したコンテストの事を聞いてきた。
「twitterに載ってたコンテスト応募したの?」
「ああ、あれね。一応応募したよ」
「私を描いたの?」
「今回は違う子だよ」
梓はけっこう熱心にその話をした。
「すごいな。色々挑戦して。いつか修平さんが大成したらって思ってるよ」
「ありがとう」
「出来栄えはどうだったの?」
多分、ここで俺はしくじったのだと思う。
「今ひとつだったかな。キャラクターが「人形」みたいに描けちゃって、「人形」ではね」
俺は笑い話のつもりだった。
それが、大失敗だったのだ。
致命的な大失敗だった。
その後、梓は返信をよこさなかったが、もう夜11時だから寝たのだろうと思っていた。あくびをして、歯を磨いてベッドに入り、寝息をたてた。
深夜、ベッドにシャツ姿で寝ていると、ふと目が覚めた。俺は目をこすりながら、何気なく傍かたわらのスマホを取った。なんとなくnoteを見る。梓が記事を書いていた。
一言。
「私は、その人形になりたかった。あなたの人形に。
さよなら」
俺はキョトンとした。
あれ?梓気になったのかな。
胸騒ぎをおぼえたが、しかし、もっと深刻な事態が発生していた。翌朝、梓の友人の薫からLINEが来た。
「梓、死にました。おわん一杯の薬飲んで」
ベッドから跳ね起きた。
「どうしたの?」
薫は続けた。
「梓はガラスのような女の子なんです。ガラスのような心で、修平さんを慕ってました。だから、修平さんの言葉で梓の心が壊れたんです」
「まさか」
「病院で息を引き取る前に、梓は言いました。
私は修平が嫌っている人形の方になりたかった。
私は修平さんのあやつり人形になりたかった。
と」
俺は当惑して、言葉を失った。人形というのは、梓にとっては俺を慕う梓自身の願望だったのだ。俺は、俺を慕っている梓自身に言葉の匕首あいくちを突き刺してしまったのだ。俺が梓に言葉のナイフを突き刺した。
ザマがない。
絵の参考に梓を撮影している時に一度、梓の美しさに耐えきれず、思わずキスした事がある。
梓は、
「チューはダメだよ」
と静かに言った。
「ごめん」
そう言って撮影を続けた。
あの子は、俺の人形になりたかったという。俺を慕ってるなら、何故生きて俺に飛び込んでこなかったんだ?と、俺は梓の事を思い悩んだ。
しかし、もう梓はいない。俺は一葉の梓の写メを眺めて、一言呟いた。
人形━━
人形 飛辺基之(とべ もとゆき) @Mototobe
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