10話 山の幸 魔王があいつで姫君がわれで
つい、昆虫の方ばかりに目が行きがちであったが、
木々や草木が生い茂る辺りをつぶさに、まわった。
だが、ある程度、食べられそうな植物を採集したところで、
昼が過ぎ、日が暮れ出し、タイムアップとなった。
あとは、本日採集したものが食べられるのか、
ストリス・サークル内にて、チェックという名の毒味を始めねばならない…………。
……かれこれ、
およそ三十種の果実や野野菜、キノコに穀類をひとくち口に入れただろうか。
(念のため、概ね火を通した)
――そのほとんどが、人類にとって友好的な味からかけ離れていたのだった……。
わずか二種だけだ!
フツーに食べられそうなものは……。
あとは、脱穀機で小麦粉のようなものに出来たものや、
酸っぱ過ぎて食べられぬが、香り付けに良さげな、ライムに似た果実もあったし、
砂糖になりそうなものもあったが。
少なすぎるううう!
サークル内のテーブルは、IHコンロのようになるところがあり、
その上に鍋を置き、蒸し焼きにして、少々、作ったばかりのにわかな塩で味付けしてみた。
ひとつは、ホクホクとした甘味のあるカボチャのような味になり、栄養価もありそうだった。
もうひとつは、大粒のトウモロコシに似たもので、なかなか美味そうな匂いがし、これまた甘味があり、どちらも、塩だけでもそこそこウマい。
仁科が採集した貝は砂抜き中で、ヤシガニに似たカニは、仁科によって躊躇なく、洗浄後、蒸し焼きにされていた……。
「カニ美味しいで! 丁度、ライムみたいなんが良い香り付けになるし、めっちゃ高級なカニの味がする! しかもこんな量、一人やと食べ切られへん。あんたは食べへんの? わたしが捕まえたカニやけど……。あ、そっか。あんたお肉とか一切食べられへんかったんやったな。可哀想やな」
カニがな……。
パキュ、パキンと小気味良い音を立て、カニの身をずず、ちゅるんと、器用に美味そうに食べる仁科。
我が、肉類一切苦手なことを覚えていたか。
食べてる様子は美味そうには見えるが。
我は動物性タンパク質と言えば、ニワトリの玉子と牛乳、魚、それと、たこ焼きの中のタコくらいしか食えんのだった……。
久しぶりにまともなもの(仁科は相当なご馳走)を食べたというのに、仁科はあっさりと言った。
「けど、メニューこれだけやったら、すぐ飽きそうや」
『トウモロコシに似たものは、主食になるパンが作れるかもしれぬ。トルティーヤ的な』
「パンか。ええな、色んなバリエーションのパン作ってよ」
『ゼロから、パンを作るとなると、あとは酵母菌が必要だ』
「ああ、イースト菌みたいなんか。そういや、凛一くんのお母さん、よく自家製のパン焼いとったよね」
『レーズンか、リンゴ、イチゴなどがあれば、天然酵母は用意出来るが。まあ我も詳しいわけではないのだが』
「ほな、それに似た果実で」
『それに似た果実だと、どうだろうか? 他の果実で代用出来るのかは、わからん。酵母菌にならんかもしれぬ。確実なのがひとつあることはあるが』
「確実なん?」
『いや、やはりやめておこう』
「なんなんよ! もったいぶらんとハッキリ言いや」
『もったいぶってるわけではないが。誠に言い難い。セクハラになるかもしれん』
「えっ、なんなん? 言い難いとか言うて、筆談やんか。セクハラ? まあ、かまへんから、ちょっと説明してみて」
我は少しためらいつつ、ノートに書いた。
『女子のからだにだけ、イースト菌と同じ働きをする菌があり、実際それでフツーにパンが焼けたという事例がある』
「えっ、わたしのからだにも? どこよ、どこ?」
『出産時に使う器官だ』
「え……」
『女はみな等しく、性病のカンジダ菌を持っている。常在菌なのである。免疫力落ちたり、中の方を洗い過ぎたりするとなるらしい。仁科が性病なのかは、この際聴かぬ。というか知りたくない。言わんでよい。というか、いちいち言うな。聞きたくない』
「性病なんか持ってないわ! そういういやらしい知識はしっかりと仕入れとってんな。せやから成績全滅やねん。さすがヘンタイや……」
『この話なかったこととしよう』というか、ネタとして何気に振ってみただけだが。
「せやけど、パン食べたいなあ……。性病の菌から作るとかほんま、そんなん食べられるん?」
『火を通すのだから、そこは問題ないかと』
「せやったら、チャレンジしてみる価値はあるかも」
ま、マジか!……。
そ、それ食わされるのか……。
食後の後片付けをしつつ、仁科は言った。
「とりあえず、似たもののフルーツが用意も難しそうやし。どうしたらええの?」
『思いっきり殺菌した瓶に、水と砂糖を入れ、密閉して一週間ほど寝かせて置く、ちょいちょい砂糖を加えつつだったと思う。その間、仁科は菌をたねむ。仕上げは冷蔵庫に三日ほど寝かせる必要があったような』
「冷蔵庫はないから、川の水に浸けて冷やしとくとか」
まあ、カンジダはさすがにネタだ。代わりになる果物探して試してみるほかあるまい。
『これ使ってみるか?』
我は、透明な栄養ドリンクほどの大きさのプラスチックのような容器に入れたものを渡した。
「なんなん?」
『ハーブの蒸留液だ。アロマ効果もあろう』
「へえ、そんなんも作ったんや」
仁科はそう言って、その容器の
「わお、なかなかええ香りやん。ほんまにリラックス出来そう」
『とりあえず、手近なハーブを使ったが、もっとバリエーションも増やせそうだ』
「ええやん、ええやん」
『それ原液だから薄めて使うべし。少し服にでも付けてたら忌避剤にもなると思う。もっとも、この世界の虫に効果あるのかわからんが』
「きひざい? 何それ?」
『虫が嫌う匂い。虫除けだ』
虫除けガードマンでこき使われるのも面倒だった。
仁科は、たいそう喜んでくれた。
*
……本日これで、何度目になるか。またジャングルジムに拘束されていた。
我をロープで縛りあげながら仁科は言った。
「わたしのこと、ペッタラコって言うたよね」
「ご、ごめんなさい」
我は、何かただならぬものを感じ、反射的に誤った。
「これってネコジャラシに似た草やね」
先の穂がブラシ状になった雑草だった……。脱穀すると小麦粉のようなものになるやつだ。
まさか、それで……。
「洗濯したわたしのパーカーは乾いたから、今着とって、次いで、凛一くんのパーカーも洗濯して、今干してるわけで――」
仁科は、悪魔のような笑みを浮かべ、続けた。
「つまりい、あんたは今無防備なパンいち。ハムラビ法典て習ったよね。目には目を、胸には胸を……」
そう言い、持っていたネコジャラシを我の胸に近付けてきた。ジワリジワリと。
「ややや、や、やめて……」
ネコジャラシの穂の先がちょっと触れただけで、もの凄い電流のようなものが、頭のてっぺんまで突き抜けた。
「にぎゃあああ!」
なんとも情けない悲鳴を上げ、からだまでガクガクさせていた。
仁科は、そんな我を本当に楽しそうにいたぶるのだった。
無人島で、男はもはや我ひとりのみ。
仁科は、そんな我と結婚するしかないいい! そんなが妄想がリアルに爆誕!
……などと、つい深夜テンションで思ったりもしたが、何か違う……。
こ、これでは、卍・シークレットファイルにおいては、魔王がさらってきた塔の中の姫君に、アレコレどエロいことをするというものの逆ような気がする……。
魔王が仁科で、姫が我とか……。
女王様通り越して、魔王?
やはり、妄想の世界は二次元であり、リアルとは違うのだな。世知辛い……。
てか、ここは仁科の国、魔界なのか?
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