9話 海の幸
「た抵スまス擾ス偵?? 時刻AMュ10:34」
さっきから仁科が悲鳴を上げながら、寄って来る虫を追っ払っていた。
……ふと、思う。
仁科とは上手く喋れず、こちらからはさっぱり話しかけられない。
テキトーに返したりだとか、憎まれ口をあえて叩いてしまい、何かと不機嫌魔王にしてしまうな。
他の女子とも、あまり会話が得意ではないが、
例えば、啓子くんなどにはそのようなことはまったく言いはしなかったと思う。
多少の喧嘩はしたようなこともあったかもしれない。
(フエナメの件以来、無視されているが)
喧嘩らしい喧嘩か……。あったとしても三年くらい前とかに、ほんの少しだと思う。
仁科に声を掛けられる度、つい言ってしまう。
キョドってしまうのをごまかすかのように。
他の女子なら、あんまりキョドることはないのだが。
――だが、この世界に迷い込んでから、始終仁科と顔を突き合わせてるわけゆえ、会話もぐんと増えた。
増えたが……。
再び、仁科との会話が、どうもモゴモゴとしてしまい、上手く喋られなくなってきていた。
三日目くらいまで、異常な状況下にあったのか意識せず喋っていたが……。
この状況にもちょっとは慣れてきたということか。
ならば、我の言いたいことをノートに書いて――筆談すれば良いのだ!
うむうむ、我ながら名案だ。
「ちょー、凛一くん、なんとかしてよ!」
群がる虫に困った仁科は、たまりかねて呼んでるようだった。
はて、この虫――。
昆虫だな。節足動物、六脚亜門。見た事もないやつだ。
トンボの様に飛ぶのが得意でありつつ、ナナフシのようでもある。小枝に擬態出来そうなこの昆虫は。
しかし、トンボやナナフシと異なり、甲虫目だ。
完全変態するのだろう。驚きだ。たぎる。
その昆虫が群を成し、
ファンネルのように飛んで来ては、時折り体当たりをくらわせたり、いつの間にかパーカーに止まってることもあった。
なんとも興味深い昆虫だが、仁科は怯えながら言った。
「ちょっ、それ近寄らんように追い払ってよ! わわわ! いやあ!」
『特に害はなさそうだが』と、我はノートに書き、それを仁科に見せた。
「キモいんや! 涼しい顔して、ほんまムカつくな!」
『ふむ、この昆虫の魅力がわからんとは、感受性の鈍いやつだな』
「は? そんなん言うんやったら、絶えずわたしのお供して、虫除けボディガードしてもらおか。服に止まったりしたら、速攻であんたが取ってよ! わたし、触るとかそんなんゼッタイむりやしな」
『断る! そんなもの慣れだろう。なぜ我がそこまでしてやらねばならんのだ』
……我には拒否権がないのだろうか。
パーカーまで剥ぎ取られ、パンいちの姿にさせられた上……。
仁科によって、強引に腕を引っ張って連れ回されることとなった。やれやれ。
『風呂とトイレの時は、どうするのだ?』
まさか仁科のそんなところまで、側に付いてたり?
「そんなに、わたしのヌード見たいんや。ヘンタイやな、やっぱし」
……もはや、否定はせぬ。が、一応。
『仁科のヌードなど、つまらんわ!』
決っしてそんなことはないのだが……。
「ほんまは見たいくせに。……その時だけはしゃーない。自分でなんとかする。裸見られる方がもっと嫌やし」
風呂は一日一回としても、トイレは……。
我は、その都度、日に何度もジャングルジムに拘束されねばならんのか……まったく、なんとわがままなのか……。
「でも、なんで筆談?」
――うっ、やはり何か不審に思ったか。
『深夜に大声で歌い過ぎたせいか、喉の調子が悪い』
「ふうん、ひとカラしてたんか。一人だけで楽しんでたんか。ふうん」
「まあ、キモい虫とかを追っ払ってくれるっちゅうのもだいぶ助かるわ。あと……」
まだ何かあるのというのか! どこまで我をいい様にこき使うつもりなのだ。イヤな予感……。
「この世界に迷い込んでから、ずっと食べるもん言うたらカロリーメーツみたいな非常食だけやん。もっとちゃんとしたもん食べたい。夏野菜カレーとかガトーショコラとか」
『我に魚でも釣ってこいと?』
続けてノートに書いて、仁科に見せた。
『いったいどんな魚がいるのか、わかったものではない。フグのような猛毒を持ってたりしたらどうするというのか? フグの毒にも幾つか種類あるが、青酸カリをはるかに凌ぐ有名なテトロドトキシンを始め、いずれの毒ももっと強力だ』
「えっ……そ、そうなんや。うーん、せやなあ……。ほな、果物とか野菜は?」
『植物だって、どれが食べられるのやら。ヒガンバナにトリカブトだって毒があるな。ウマノスズクサも死に至りはしないが毒草なんだぞ。キノコ類も幻覚キノコとかもあるしな』
「あんたが、まず一口食べてみて、ヤバいと思ったら、また違うのに挑戦てことでええんちゃう」
マジか! 酷いな……。我に毒味とか。本当に女王様か!
しかしだ。我もカリローメーツばかりはどうかとも思っていたところだった。
「あ、せや海の方も行ってみよ。ウニとかウニが居てるかも。凛一くんやったらズワイガニ捕まえられるかも」
途端に、表情がパァァァっと明るくなった仁科は、打って変わって、
ちょっとした虫くらいならものともせず、
二人して海へと向かった。
どんだけ捕まえる気なのか、大きなカゴを持って。
ああ、そうだ、調味料の類いもなかったのだな。塩が必要だ。
ストリス・サークルから、3キロほど
波は穏やかで、砂浜が広がっていた。
――びっくりするほど海が青かった!
我は、海のあるところで生まれ育ったものの、じかに青い海というものを見るのは初めてだった。
「水着あったら、泳ぎたいね!」
まてまて! ヤバいクラゲとか居たらどうするんだ!
我は何とか、仁科を止めた。
こう、生態系が馴染みがないものが、ほとんどってくらい違うのだ。
どんなヤバいものが居るのかわかったものではない……。
『ウニだが、世界には千種近く生息しているが、そのうち食用とされてるのは、わずか、十五種くらいだったと思う。毒のある種もいる。ズワイガニもムリだ! もっと北の海の素潜りで捕れるレベルより深い水深だろ』
「えー! 食べれるんて、たったそんだけ……カニもムリなんや」
残念そうに仁科は言った。
『この世界の生態系はよくわからんが、ヤシガニみたいなのがいるのなら消化器官さえ気を付ければ食べられるかも』
「ヤシガニって?」
『結構デカいカニだ。夜行性で陸に居る。ハサミの力が強いので、そこは注意だ! ただ、捕獲したら、タイホされるから、ヤシガニも残念ながらNGか』
「ふうん。捕ったらあかんねんな……。貝が一番お手軽そうやな。わたし、貝探すわ」
「――ま、まてまて!」
「もう! なんやのよ」
『イモガイは、かなりヤバい毒がある。円錐型の貝には絶対触るな』
「もう! 毒のあるもんばっかしやんか……原始時代の人らって大変やってんな」
暫く、仁科と共に海辺を散策した。
仁科は二枚貝を多くカゴに入れていた。
『食えるのかどうか判らんが、まず砂抜きする必要があるな』
「今日はムリか……」
砂浜から少し離れた、草木が生い茂る一帯の方に目をやると、何かが動いたのが目に入った。
一瞬、目を疑ったが、
カニだった。
かなりデカい! なんと、二キロ近くはありそうだ。
カニに警戒されぬよう、仁科にも発見したと促した。
さて、ハサミがかなりヤバそうだな、どうやって捕獲するか……。
いやいや、あれがヤシガニだったら、タイーホされてしまう……。
――てなことを考えていると、既に仁科は、カニを目指して飛び出していた。
「に、に仁科! ストップ! はは、はハサミがヤバいぞ! 指など軽くチョッキンされてしまうかもだぞ! タイーホだぞ! タイーホ!」
仁科は、我の静止させようとした声をスルーし、
カニを取り押さえようと必死のようだった――タイーホなんかより、ハサミの方がヤバい!
我も、カニのもとへとダッシュした。
「大人しく、わたしに食べられるんやで!」
仁科のもとに駆け寄ると、見事に二本のハサミを封じ、捕らえていた。
うお! 仁科、やるな!
人間、ハングリーになると凄い……。というか、そんな、素早いカニではない?
ヤシガニに似てるが、ちょっと違うような気もする。タイホはされん?
仁科は、ホクホクし、我としても、なかなか興味深く有意義であった。
我々は、海辺を後にした。
「海の幸の次は、山の幸やで」
ま、マジか…………。
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